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 古代は、静かに目を開けた。
 
 意識は朦朧とし、悪夢を見ていたような気がしていた。疲れ切った身体は思うように動かず、彼はそのまま横たわり、耳を澄ませた。
 
 そこには、穏やかなさざ波の音だけが響いていた。
 寄せては返し。
 寄せては返し。
 永遠とも呼べる長い間、夜空に瞬く満点の星々の下、その営みは続いていた。
  
 ここは……? いったい、何処なんだろう?
 
 古代は、ようやく身体が動いたことを知り、手をついて起き上がろうとした。その手には、砂浜の砂の感触があった。
 古代は、その場に座り込むと、辺りの様子を眺めた。
 静かに砂浜に打ち寄せる波。満点の星々の下、光り輝く大樹のようなものが、水平線の向こうで輝いている。
 
 ここは、前に……来たことがある。
 
 記憶はゆっくりと蘇り、古代はそこが何処なのかを思い出した。気配を感じて振り返れば、彼のすぐに近くで、一人の少女が砂浜に腰を落として佇んでいた。古代は、立ち上がって、その少女のそばに近寄ると、横に並んで腰掛けた。
「……君は……テレサだね?」
 テレサと呼ばれた少女は、古代とは目を合わせず、指で、砂に何か描いている。古代は、それが何なのか知ろうと暫くの間、眺めていた。
 時間は、ゆっくりゆっくりと流れているように感じた。焦ったり、悩んだりすることもなく、心が穏やかになっている。
 急に手を止めた彼女は、砂に描いたものを、手のひらで消した。
「お久しぶりですね、古代さん」
 古代は、少し気後れしつつも、彼女に尋ねた。
「ここは、前に君に連れて来られた次元の狭間だね。もしかして……。僕は死んでしまったのかい?」
 テレサは、手の砂を払うと、古代の方をようやく見てくれた。
「この空間は、様々な並行宇宙を繋ぐ次元の狭間。あなたは、まだ、私たちの世界で生きている。けれども、ここは、死者の記憶の波動が立ち寄る場所。私がお連れしました」
 古代は、テレサの言うことを理解しようと努めた。しかし、何となく分かったような気になるだけだった。
「……他の皆は?」
 テレサは、少し微笑んだ。
「今はまだ、大丈夫。雪さんや美雪ちゃんも」
 古代は、心の内を見透かされて、苦笑いした。そう。皆と言っても、真っ先に気にしていたのは、二人のことだ。
「なら、良かった」
 古代は、先程見た夢のような様々な世界を思った。
「さっき見たものって、他の世界の出来事なのかい?」
 テレサは、目を細めている。
「あなたが、何を見たかまでは分かりかねますが、きっとそうでしょう」
 古代は、その一つの記憶を振り返って身震いした。
「別の世界の僕は、大切な彼女を失った。そして……。僕は絶望して命を投げ出したんだ」
 テレサは、悲しそうな顔で、彼を見つめた。古代は、彼女の顔を見て、眉間に皺を寄せた。
「君は……。そんな僕と一緒に旅立ってくれた。とても心強かったけど……。あんな人生は、僕はまっぴらごめんだよ」
 テレサは、古代から視線を外すと、水平線をぼんやりと眺めた。
「別の世界にも、たくさんの別の私やあなたが存在しています。別の私には、私も知らない役割があるのでしょう」
 古代は、膝を抱えて同じように水平線を見つめた。
「僕らは、これからどうなってしまうんだろう? このままでは、みんな不幸になる気がするのは分かる。でも、宇宙全体から見れば、たった一つの銀河系の異変なんて、きっとちっぽけなことなんだろう?」
 テレサは、頭を振った。
「あなた方の時間の感覚では、その通りですが。でも、もっと長い時間……。人間の寿命では、想像も出来ない遠い未来まで俯瞰して見れば、宇宙全体に大きな影響があるのです」
「それって、どんな?」
 テレサは、微笑んだ。
「そんな遠い遠い未来のことに、あなたはご興味がおあり?」
 古代は、目を伏せた。
「……分からない。僕が心配しているのは、僕の家族や、友人たちが生きている時間だけなんだと思う。その先の、もっと遠い未来に、本当に興味があるかといえば、嘘になる。これは、単なる好奇心、なんだと思う」
 テレサは、声を出して笑った。古代は、そんな表情をすることがあるのかと、驚いて彼女を見つめた。
「……ごめんなさい、笑ったりして。その好奇心は、人間の持つ、とても大切なものです。それが、この宇宙を発展させてきたのですから。でも、時には、それが宇宙を破滅に導くこともある……。あなたは、本当に嘘の無い、正直な方なんですね。だから、あなたの異星人とでも分かり合える、というその思いは、種族を超えて響くんだと思います。あのサーダにも、確かにそれは届いていました」
 古代は、真っ直ぐな瞳の彼女と見つめ合った。
「今回の宇宙の綻びや、別の宇宙との接点は、やがて、遠い、遠い未来で、あらゆる宇宙を結びつけるようになるでしょう。その時、並行宇宙は一つになり、宇宙は生まれ変わります」
 テレサは、悲しそうな顔をした。
「私や、あなた方が生きてきた証であるその記憶の波動も、すべて失われます。宇宙は、新しくやり直すのです」
 古代は、少し理解が追い付かず、目を白黒とさせていた。
「……それって、つまり、今の宇宙は、その時に死を迎えるってこと?」
 テレサは、静かに頷いた。
「本当の終わりです。もちろん、いつかはその終わりが来るのは確かです。それを、今回の出来事は、大幅に早めることになるでしょう。それを望んでいる者がいるのです」
 古代は、真剣な表情で尋ねた。
「つまり……。それが、今回のことを起こした、僕ら皆の本当の敵……?」
 テレサは、それには答えなかった。
「……今回の出来事は、無数の可能性世界の未来の分岐を生み出しました。更に終わりが、加速する未来、そうで無い未来。どうなるかは、皆の選択次第ですが、私は、終わりが早まるのは望んでいません。私は、今回のことを食い止めたいと考えています」
 古代は、自分の思いを語った。
「僕らだってそうだ。この後、銀河系がめちゃくちゃになれば、地球だけでなく、多くの星々に住んでいる人々が、路頭に迷うことになる。亡くならなくていい人が亡くなり、苦しまなくていい人が、苦しむ未来が待っている。そんな未来を、僕は食い止めたい」
 テレサは、微笑んだが、少し寂しそうに言った。
「あなた方の叡智を結集して、この危機に立ち向かって下さい。私も、ほんの少しだけ、お手伝いが出来るでしょう。あなた方ならこの危機を乗り越えることが出来ると、私は信じています」
 
 その瞬間、古代は宇宙を漂っていた。
 
 銀河系同士が重なり合い、多くの星々が衝突し、荒廃した世界。
 ボラー連邦や、ガルマン帝国に住む人々は、銀河系を脱出する船団で旅立って行く。地球も例外では無く、地球を脱出する船団が逃げ出すのを目撃した。
 そんな中、暗黒星団帝国を名乗る集団が現れ、人々を虐殺し、奴隷にしようとしている。しかし、その暗黒星団帝国ですら、そこでは生存するのが難しく、やがて彼らも出て行った銀河系は、何者も住めない世界へと変貌して行った。
 
「テレサ……!」
 古代は、懸命にテレサの姿を探した。しかし、その彼女は何処にもいない。
 古代の瞳からは、涙が溢れ出た。
「こんなのって……。誰が、こんな世界を望むって言うんだ?」
 
 やがて、銀河系を荒廃させた別の宇宙との繋がりは、銀河間空間を超えて、マゼラン銀河や、アンドロメダ銀河へも迫って行った。
 その間、数千年、数万年、もしかしたら数億年もの時が、ものすごい速さで流れて行った。
 
 古代は、何となく理解出来たような気がした。テレサのような高次元の存在は、時空を超越した世界を俯瞰して、すべてを知っているのだろう。今、古代が見ているのは、その彼女の知識だった。
 
 気がつけば、古代は何処かの惑星にいた。
 遠く、きらびやかな建築物が並んでいる。その建物は見覚えがあった。古代の記憶では、そこはイスカンダルに違いなかった。
 古代は、イスカンダル人の墓が並ぶ、墓地に立っていた。
 少し離れた場所に、スターシャらしき人物と、もう一人、男の姿があった。
「兄さん……?」
 古代は、足をふらつかせながら、二人の方へと足を運んだ。
 二人は、いくつかの墓石の前に立っていた。どうやら、古代の姿は、二人には見えていないらしい。
 兄、守は、酷くやつれていて、スターシャに支えられてそこに立っていた。
 古代は、二人が見守るその墓石を見つめた。イスカンダルの文字と一緒に、見慣れた漢字が刻まれていた。
「石津……。山根……。皆逝っちまった。俺も、もう少ししたら、そっちへ行くからな」
 スターシャは、寂しそうに彼の横顔を見つめていた。
「ごめんなさい……。私の力では、皆さんを助けることが出来ませんでした」
 守は、微笑んでスターシャと視線を交わした。
「もういいさ。最後に話が出来たのも、君のおかげだから。ありがとう」
 スターシャは、空を見上げた。その空には、月では無く、ガミラス星が浮かんでいる。守も、その視線の先を見つめた。
「ガミラス星……。俺たちの敵の本拠地が、こんな所にあったとはな」
 スターシャは、静かに言った。
「アベルト……。いいえ、デスラーは、本当はこんなことをする人ではありませんでした。きっと、私のせいなんです」
 守は、黙ってそれを聞いていた。
「銀河を支配し、平和をもたらすこと。それが、かつて彼が私に語った夢でした。私の為に、それを実現すると……。それが、結果的にあなた方のような犠牲を強いることになってしまった。……彼には、もう、私の言葉は届かない」
 守は、悲しそうな彼女に、かける言葉がなかった。黙って、静かに時間だけが過ぎて行く。
「しばらくしたら、地球から、ヤマトがやって来る。沖田さんなら、必ずやってくれると俺は信じている。君は、俺たちの地球を救ってくれるんだろう? ガミラスには勝てなくても、地球が元に戻るなら、それで俺は満足してるんだ」
 スターシャは、寂しそうに彼の瞳を見つめた。その瞳は、潤んでいる。
「何て言ったっけ? そうそう、コスモリバースシステムっていうやつ。俺を、そのコアにしてくれるんだろう?」
「守……。コスモリバースシステムのコアになるということは」
「分かってるって。もう、俺の命もそう長くは保たないってことは。だからこそ、そんな俺が、地球を救う力になれるのなら、本望だよ」
 古代は、その会話を呆然として聞いていた。
 そうか……兄さんは、コスモリバースシステムのコアになる覚悟をしていた。その命が尽きる前に、その命を捧げようと心に決めていた。
「心残りは、弟の進のことだ。あいつ、今頃どうしているかな。地球で俺が死んだって泣いてるんじゃないかって思うと、それが辛い。出来れば、あいつに手紙の一つでも書いておいてやりたいな」
 スターシャは、瞳から涙をこぼしていた。
「ええ。地球の人たちと、弟さんに、何かメッセージを残すといいでしょう。宮殿に戻ったら、お手伝いします」
「ああ。ありがとう、スターシャ」
 
 ………………
 …………
 …… 
 
 その時、古代の思考は現実へと戻っていた。
 そこは、ヤマトの第一艦橋の戦術科の座席だった。あらゆる物が、色を失い辺りは灰色になっている。
 横にいる島は、操縦桿を握ったまま、凍り付いたように動かない。
 そして、自分自身も、身体が思うように動かない。
 何か叫ぼうと思うが、口も動かない。
 途方に暮れた古代は、長い長い時間が経過して行くのを感じていた。
 
 その止まった時間は、次第に破られていった。
「……!」
 誰かの声がかすかにしている。その声は、島のものだった。
「……次元深度五、ヤマト、次元潜航開始しました!」
 一気に周囲の色が戻った。そして、あらゆる物が動き出した。
「次元深度十! 艦橋、異次元空間に潜ります」
 やがて、灰色になった宇宙空間が見えなくなり、異次元へとヤマトは完全に潜って行った。
 相原の声が響く。
「次元潜航艦から連絡! スクリーンに出します」
 頭上の大スクリーンに、ゲール少将と雪の姿が映る。
「無事に、次元潜航を完了した」
「土方さん、そちら、異常はありませんか?」
 雪の言葉に、土方は冷静に応じた。
「本艦に異常は無い。しかし、何か、不思議な体験をしたような気がする……」
 百合亜は、土方を振り返って言った。
「艦長、私も、夢を見たような気がします……」
「俺もだ」
 島も、古代に向かって呟いた。古代は、島と顔を見合わせた。
「ああ……。確かに、不思議な体験をした。あれは……夢、だったのかな?」
 その時、古代は、艦橋の窓の外に、何者かの気配を感じていた。
 そちらを見ると、古代は、目を見開いた。つられた島も、同じ方向を見て、彼も驚いていた。
 ヤマトの眼の前に、巨大な少女の姿をした像が、薄っすらと現れていたのだ。
「あれは……」
「テレサ……!」
 
続く…