その頃、白色大彗星では、地球艦隊が波動砲の発射準備をしているのを探知していた。
「敵、地球艦隊、高エネルギー反応! 波動砲の発射体勢に入っている模様です!」
 ミルは、波動砲の用意をしているとの報告に安堵した。間もなく、約束通り、地球艦隊は彗星化状態を解除する筈だ。
 しかし、カミラとゲーザリーは、まだ暗い笑顔を浮かべている。この彗星が撃破されるかも知れない事態に、毛ほども焦る様子がない。
 ゲーザリーは、立ち上がってその報告に対する指示を出した。
「気にするな、前進を継続! 前方の味方の艦隊は、敵を囲んでそこを動かすな。どうせ無人艦隊だ。味方もろとも、敵艦隊を飲み込んでしまえ!」 
 ゲーザリーは、指示を終えると、再び自席に腰を落とした。
「大帝。先程、ここに来る途中で、ナスカ提督の近衛艦隊を出撃させました。彼には、対波動砲用の兵器を与えておきました。これで、波動砲は何の役にも立ちません。ご安心を」
 ゲーザリーは、にやりと笑ってミルに話し掛けて来た。
「む? あの、ボラー連邦の機動要塞のことか?」
 ゲーザリーは、ゆっくりと頷いた。
「はい。既に、一度戦闘に参加させて、効果も確認済みです。ごゆるりと、ショーをお楽しみください」
 カミラは、ほほほ、と声を出して笑った。
「こちらには、人質がいるというのに、地球艦隊は見殺しにするつもりなのかしら。まあ、それもいいでしょう。彼らが絶望する様を見るのが楽しみだこと」
 ミルは、背筋に悪寒が走った。
 果たして、地球艦隊の攻撃は成功するか、ミルは途端に不安に駆られていた。
 
 同じ頃、アンドロメダにいる山南は、刻々と攻撃の瞬間が迫り、緊張感に包まれていた。
 もし……撃ち損じたら。
 もしくは、古代からの情報が間違っていて、何の効果も見られなかったら……。
 白色大彗星の彗星化状態を解除しようとするこの試みが失敗に終わった場合、戦闘開始前に土方とは、人質の救出を諦め、彗星を撃破する方針に変更する事を確認している。これは、例えイスカンダルの恩人であろうとも、地球人の兵士二名の命であろうとも、後の国際的な関係を鑑みれば、優先すべきはガルマン帝国臣民数十億の命である、との地球連邦政府の方針があった為である。
 山南としては、地球人兵士の命こそ、軍人であれば優先されるべきでは無いのは理解していた。しかし、イスカンダルのスターシャ、そしてサーシャとユリーシャは、命を賭けて地球を救おうとしてくれた人類全体の恩人である。しかも、イスカンダル人を聖なる存在と奉るガミラス人にとって、事前に認識を合わせていたとはいえ、彼女たちを見捨てる行為は、心情的に納得出来る事では無いだろう。この戦争の集結後に、ガミラスとの関係にひびが入る事もあり得る。よって、戦後処理において、国際的な関係を大きく塗り替える可能性があり、重大な決断になるものだ。
 土方無しで、そのような決断に至らない事を、山南は祈るばかりだった。
 しかし、仮にこの攻撃が成功し、あの大彗星がただの要塞の姿になったとして、その後どのように、人質を救出するかは未知数だった。そもそも、例の敵の裏切りと協力が本当の事なのか。その件が上手く運んでいなければ、敵は、結局人質の命を盾にして攻撃を止める様に迫って来る可能性がある。その時、敵の要塞を撃破するかどうかの決断を再び迫られる。しかし、救出作戦が展開可能という状況で、ガミラスがそれを許すとも思えない。その時は、彗星状態である時よりも、更に判断が難しくなるのは目に見えている。
 山南は、これから何が起こっても、難しい判断が続くであろう事に、胃がきりきりと痛み始めていた。そんな山南の元に、通信士の佐藤からの報告があった。
「主力戦艦五隻の波動砲の発射準備は順調です。後、一分程度で発射可能になります」
 南部は、それを受けて艦橋の乗組員に声を掛けた。
「本艦も、対閃光防御姿勢に移行します。各員、耐閃光ゴーグルの装着をお願いします」
 山南は、ゴーグルを取り出しながら答えた。
「分かった。主力戦艦二艦に対して、絶対に的を外さないようにと伝えてくれ。もしも、攻撃失敗と俺が判断した場合、他の主力戦艦には、大彗星撃破の命令を出す可能性があるが、それまでは、決して発砲しない様に伝えて欲しい」
 艦橋に居る乗組員は、白色大彗星撃破に動く可能性を改めて聞き、それぞれが神妙な顔をしていた。恐らくは、山南と同じ様に、これから起こる事に不安を覚えているのだろう。
「それでも……やらなきゃならんのだよ……」
 山南は、ゴーグルを装着して、前を見据えた。その先の宇宙には、太陽の様に輝く、白色大彗星の姿があった。
 しかし、その時レーダー手の橋本は、新たな艦が接近して来るのを探知していた。
「敵、白色大彗星の後方から、機動要塞一隻が現れました! そのまま、白色大彗星と共に接近しています!」
 誰もが、その報告は、ゴルバだと考えた。
「波動防壁の展開は問題無いか?」
「波動防壁、展開済みです」
 橋本は、山南に訴えた。
「艦長! これは、機動要塞ゴルバではありません。艦種識別の結果、ボラー連邦宙域でヤマトが初めて交戦した、別の敵機動要塞だと思われます」
 山南は、その事を思い返していた。
「……あれか? ブラックホールを生成する、特殊な武器を持つ奴か?」
「はい、そのようです!」
 その戦闘後の北野からの報告では、ブラックホールにより、空間が歪んだ為、波動砲の狙いがつけられなくなったという。その為、攻撃を諦め撤退したという事だった。
「奴らがブラックホールを作り出す前に、攻撃を開始するしかない。主力戦艦各艦に、発射を急がせろ!」
「は、はいっ!」
 
 その頃、ガトランティスのナスカ提督は、ゲーザリーから任された対波動砲用兵器を搭載した機動要塞を率いて、自身の近衛艦隊の旗艦に座乗していた。艦内は、慌ただしくブラックホール砲の発射準備状況を確認していた。
「ブラックホール砲の発射準備急げ! 敵の波動砲の攻撃前に、ブラックホールを生成するのだ!」
 その機動要塞は、球体が複数固まった様な異形の姿をした巨大な物体だった。球体に刻まれた溝に、光の帯が急速回転している。機動要塞の周囲には、ナスカの近衛部隊が帯同し、容易には攻撃されない様に守っている。
「陽子シンクロトロンブースター正常稼働、陽子ビーム加速中。発射十秒前!」
 
 主力戦艦各艦も、波動砲の発射準備を進めていた。
「エネルギー充填百二十パーセント!」
「ターゲットスコープ、オープン。電影クロスゲージ明度二十。総員、対ショック、対閃光防御!」
 主力戦艦の戦術長の目前のターゲットスコープには、白色大彗星の真上の循環路の位置を示すマーカーがついていた。そこに、波動砲を命中させるべく、彼は艦を軸線に乗せようとしていた。
 同じ様に、もう一隻の主力戦艦でも、真下の循環路のマーカーに向けて、軸線を合わせようとしていた。
 これらの各艦の状況は、アンドロメダへと刻々と報告されていた。
「波動砲、間もなく発射されます!」
「山南艦長! 敵の機動要塞、陽子ビームを発射しました! 本艦と白色大彗星の間の中央の宙域です!」
「何!? あのブラックホールは、直ぐには生成されない! 各艦、そのまま、波動砲を発射しろ!」
 アンドロメダの上と下に配置された主力戦艦の波動砲口のシャッターが開き、発射寸前まで来ていた。
「波動砲、発射三秒前! 三、二、一、発射!」
 二隻の主力戦艦の艦首が輝き、波動砲口の前に大きな光の輝きが生まれた。そして、艦内に轟音を響かせて、遂に波動砲は発射された。
 波動砲の強力な二本の光の束は、白色大彗星の真上と真下に向かって伸びて行く。
 その光跡の先、敵の機動要塞が発した陽子ビームが照射された座標は、空間が既に歪んでいた。
「マイクロブラックホールが、前方に生成されました!」
 波動砲の光跡は、歪んだ空間に沿って、あらぬ方向へと向きを変え、何も無い虚空に飛び去って行った。
「山南艦長! 失敗です! 波動砲は、射線が捻じ曲げられ、外れました!」
 南部が、悲痛な叫び声を上げる。
 山南は、歯を食いしばって前方の白色大彗星を睨んだ。決断を、直ちにせねばならない。そして、それを悩んでいる時間は無い。
「……もう一度だけ、敵の真上と真下を狙う! これより、ブラックホールの影響を受けない位置に移動して、作戦を続ける。座標の割り出し急げ!」
「は、はいっ!」
 乗組員たちは、人質救出をまだ諦めない山南の判断に安堵しつつも、白色大彗星は、刻々と前進しており、誰もが、もはや時間が無い事を認識していた。
 こうして、地球艦隊は、艦隊の位置を変更しようと移動し始めた。
 
 ナスカ提督の近衛艦隊も、地球艦隊の動きを捉えていた。
「地球艦隊、移動しています」
 ナスカは、にやりと笑った。
「敵は、ブラックホールの影響を受けない射線を確保しようとしている。次弾装填どうなっているか!」
「次弾の発射準備は、既に実行中です! あと十秒で発射出来ます」
「いいぞ。最も効果的なブラックホールの生成座標を割り出せ! 奴らに、波動砲を撃たせるな!」
 
 地球艦隊は、最初のブラックホールの正面から位置を移動し、艦を回頭させていた。
 山南は、既に波動砲の発射体勢に入っていた別の主力戦艦二隻に命じた。
「用意出来次第、波動砲を撃て! これは時間との勝負だ!」
「敵、機動要塞、陽子ビームを照射しています!」
 山南は、それを聞いて愕然とした。
「な、何だと? あれは、連続でブラックホールを生成出来るっていうのか!?」
「駄目です! 我々の射線上に、新たなブラックホールを生成されてしまいました。敵機動要塞は、高エネルギー反応が続いています。次の発射準備に入っている模様!」
「白色大彗星、速度を上げています! このままでは、白色大彗星の重力圏に数分で入ってしまいます」
「先に、機動要塞を波動砲で撃破出来るか!?」
「ここからではブラックホールの影響を受ける為、恐らく当たりません! あの機動要塞への射線を確保するには、もう一度位置を変える必要があります!」
 山南は、怒りを込めて拳を握り締めてた。
「く、くそう。これでは、間に合わない……!」
 山南は、小ワープして、一気に位置を変更する事も考えたが、それでは波動砲の発射準備をやり直す事になる。ガルマン帝国本星への接近状況からも、もう、発射準備をする時間が無い。
 
 その頃、ガルマン帝国艦隊でも、その様子を捉えていた。
 キーリングは、慌ててグスタフ中将へ確認した。
「敵の機動要塞を撃破出来ないのか!?」
「キーリング参謀長! 白色大彗星が急速に接近中です。我々も、もう退避せねばなりません。見てください。敵の艦隊も、白色大彗星に飲み込まれて行っています。奴らは、味方もろとも、我々をここに釘付けにして、白色大彗星で全滅させるつもりです」
 白色大彗星は、刻々とガルマン帝国本星に接近していた。彗星は、自軍の艦隊を飲み込みながら前進し、ガルマン帝国艦隊は、本星を背に次第に逃げ場が無くなって来ていた。
 その時、レーダー手が報告して来た。
「我々の左舷に待機していたガミラス艦隊、機動要塞を破壊しようと攻撃を開始しました! しかし、敵艦隊に阻まれているようです」
 グスタフとキーリングは、それに驚いていた。
「グスタフ……。地球やガミラス軍が諦めずに戦ってくれているというのに、我々が最後まで戦わずして、どうする?」
 グスタフは、青ざめていた。
「し、しかし……。我々が全滅してしまっては、帝国領土全体を守る者が居なくなってしまいます」
 キーリングは、彼の顔を諭すように見つめた。
「分かっている。しかし、私は先程、帝国臣民に必ず勝利すると約束した。我々が退けば、帝国臣民は終わりなのだ。もちろん全艦隊を残す必要は無い。この旗艦艦隊の一部だけ残して退避させるのだ。ヒステンバーガーの西部方面軍や、ウォーゲンたちが生き伸びれば、私たちが居なくても、まだこのガルマン帝国全体の領土を守る戦いを継続出来る」
 グスタフは、キーリングの真剣な瞳を見て考えを巡らせた。キーリングの決意は、指導者が不在となったこの国を、彼は不本意ながらも背負う事を心に決め、責任を取ろうとしているのだ。
 グスタフは、笑みを浮かべると、彼に最後まで着いて行こうと、心に決めた。
「……分かりました。直ちに、指示します」
 グスタフは、作戦指揮所の兵士たちに命じた。
「全艦隊に通達! 我々北部方面軍、旗艦艦隊の約千隻は、最後までここに残り、敵機動要塞を撃破し、地球艦隊が攻撃可能になるよう支援する! それ以外の北部、西部方面軍は、ヒステンバーガー少将の指示に従い、直ちにこの宙域から退避せよ!」
 
続く…