「敵、ガルマン帝国側の通信を傍受しました。彼らは、全国民に向け、徹底抗戦を宣言しました」
 ゲーザリーとカミラは、互いに微笑んだ。そして、ミルに向かって言った。
「あと僅かで、先程宣告した時間を迎えますが、それを待つ必要は無いと判断しました。これより、白色大彗星をガルマン帝国本星に接近させ、これを滅ぼします」
 ミルは、地球艦隊の攻撃はまだなのかと、先程から心臓の高鳴りを抑えて待っていた。
「宜しいですね? 大帝」
 カミラは、ミルを真っ直ぐに見据えている。その瞳は、狂気じみた喜びに満ちている。そして、口元からは、喜びが抑えられず、小さく笑い声を漏らしている。そして、それはゲーザリーも、ほとんど同じ様な有り様だった。
「ほほほほ……」 
「ふっ、ふふっ、ふ……」
 彼らは、恐らくは数十億も住んでいようという、一つの惑星を滅ぼすのに、なんの躊躇も無く、寧ろ楽しみにしていたのだ。彼らに囲まれたミルは、その笑い声に恐怖した。
「ボラー連邦の時の様に、反対されるおつもりですか? 彼らと違い、ガルマン帝国は降伏するつもりはありません。何も、迷う理由が無いと思いますが……」
 ゲーザリーは、ミルが反対すると、最初から思っていたのだろう。ミルに決断を迫ろうと、暗く恐ろしい笑顔を向けて、顔を近付けてきた。その横で、カミラも似たような表情をしている。
 ミルは、辺りを見回してみた。司令制御室に居る兵士たちも、こちらを見ている。彼らも、今のゲーザリーやカミラと同じ様な表情で、暗い笑顔を向けていた。
 ミルは、思わず恐怖に駆られ、叫び出しそうになり、自分の口を手で抑えた。
 
 いったい、どうしたというのだ……?
 こんな事は、今まで見たこともない……。
 彼らは、狂ってしまったのか?
 
 ミルの様子を確認したカミラは、彼の答えを待たずに、振り返って兵士たちに指示した。
「大帝も承認された! 進撃用意!」
 兵士たちは、柔順に返答すると、用意を始めた。
「白色大彗星、エンジン再始動!」
「目標、ガルマン星の約三万キロ上空!」
「発進準備完了しました」
 それを受けて、カミラは腕を振るって改めて宣言した。
「白色大彗星、発進!」
 
 その少し前、透子とゼール中佐、そしてアナライザーAU−O5は、スターシャたちの拘禁室の中にいた。透子は、アナライザーの協力を得て、スターシャら三人のイスカンダル人に接続している機器を確認していた。
「コノ頭ニ被ッテイル装置ハ、脳ノ活動レベルヲ抑エル目的ノ物ノヨウデス。シカシ、単ニ、コレヲ取リ除イタダケデハ、脳ニ障害ガ出ル可能性ガアリマス」
 ゼール中佐は、不満そうな顔をしていた。
「だったら、どうしたらいいんだ? 流石に、意識の無い人間を三人も、誰にも気付かれずに運び出すのは困難だしな」
 透子は、くすりと笑ってアナライザーを眺めた。
「ふうん。見かけによらず、あなたって優秀なのね」
 アナライザーは、頭のメーターを光らせていた。褒められて嬉しがっているかのようだった。
「コチラノ端末カラ、脳ノレベル操作ヲ行エルモノト思イマス。端末ニ侵入シテ、覚醒レベルマデ上ゲレバ、安全ニ目覚メサセル事ガ出来ルデショウ」
 透子は、アナライザーの頭を撫でた。
「あら、賢いのね。じゃあ、お願いできる?」
「オ任セヲ!」
 アナライザーは、指先を伸ばすと、端末の端子を探し、そこに差し込んで行った。
「作業ヲ始メマス。シバラクオ待チ下サイ」
「あなたを助け出して正解だったわ」
 透子は、立ち上がると、部屋から出て行こうとした。
「お、おい。何処へ行く?」
 透子の正体を知ったゼール中佐は、正直、彼女とどう接したら良いか迷っていた。
「今のうちに、地球人を解放して来るわ。大帝のセキュリティカードで、恐らくあそこも開けられるでしょうから」
「本当に、彼らも出す必要があるのか? かえって危険が増す様な気がするんだが……。私も、一緒に行こうか?」
 透子は、彼に笑顔を向けた。
「ありがとう。でも、私一人で大丈夫。彼らは、イスカンダル人を助けに来ているのだから。心配ないわ」
 そう言って、彼女は部屋を出て行った。
 アナライザーと二人で残されたゼール中佐は、無言で作業を続けるロボットの姿に、居心地の悪さを感じていた。
 
 透子は、星名と斉藤の拘禁室の前に来た。そして、ドアをノックし、除き窓から中を覗いた。
 中のベッドに腰掛けていた斉藤は、それに気が付くと激昂した。
「あ! てめえ、何しにきやがった!」
 透子は、静かにする様にと、人差し指を唇の前で立てた。星名は、斉藤をなだめると、冷静にドアに近寄った。
「いったい、何の用ですか?」
 透子は、星名の瞳を見つめてにっこりと笑った。
「あなたたちを、助けに来たのだけど……。どうする? ここから出たい?」
 星名は、斉藤と顔を見合わせた。斉藤は、腹を立てて大きな声を出した。
「お前なんかを信じられる訳っ……!」
 星名は、慌てて斉藤の口を両手で抑えた。そして、その手を退けようとする斉藤を力づくで抑えたまま、透子に言った。
「どう言う事なのか、説明してくれないと、僕もあなたの事を信じる事は出来ない」
 透子は、困った様な顔をした。
「仕方無いわね……。あなた方を騙した事は謝るわ。私は、地球人では無く、ガトランティス人なの。あなたは、私の身辺を探っていたようだったけど、その疑いは当たっていたという事ね」
 星名は、大人しくなった斉藤から手を離した。斉藤は、まだ怒っていたようだが、透子の話に興味を持ったようだ。
「やはり……。地球に潜入して、あなたはいったい何をやっていたのだ?」
「私は、ここにいるガトランティスの残党では無いの。アンドロメダ銀河に戻った方のガトランティス人の一人。そう言えば分かると思うけど、あなた方の敵ではないわ。私は、前の大帝ズォーダーの命を受け、ガトランティスの過去の歴史について、ここへ潜入調査するのが目的だった。火星にガトランティスの残党が現れる事を知って、地球人に成り済ましてチャンスを待っていたの。そして、ようやく既にその調査を終えた」
 星名と斉藤は、半信半疑で透子の話を聞いていた。
「こんな事をいきなり言っても、信じるのは難しいわね。でも、ここを出る機会と、イスカンダル人を救うチャンスを、あなた方に与えたいのだけど……。どうする? 信じられないのなら、このまま、ここへ入れたままでもいいけど」
 星名は、斉藤の顔を見つめた。
「斉藤隊長。これは、脱出するチャンスだ。今は、彼女の話を一旦信じる事にしないか?」
 斉藤は、頭を抱えて困っているようだった。
「俺には、今の話は何だか良くわからねえ。お前が、そう言うのなら、俺も構わない」
「なら、決まりだな」
 透子は、にっこりと笑った。
「大丈夫そうね。今からここを開けるけど、くれぐれも勝手な真似はしないで。ここから出たければね」
 
 透子は、星名と斉藤を連れて、もう一方の拘禁室に戻った。
 そこには、スターシャ、サーシャ、ユリーシャが、椅子に座らされて、眠っているのを、彼らも目撃して驚いていた。
 星名は、思わずユリーシャの元へ駆け付けた。
「ユリーシャ……!」
 彼女は、頭に装置を被せられ、眠らされている。星名は、彼女の手をそっと触ってみたが、その手は、酷く冷たかった。
「……」
 その後ろで、斉藤は三人を眺めて驚きの声を上げた。
「この女は……! スターシャ女王じゃねえか! ほ、本物なのか?」
 しかし、彼らを警戒して銃を構えているゼール中佐の姿を見つけ、斉藤は飛び掛かろうと身構えた。
 透子は、ゼール中佐の方へ向かうと、手を差し出してその銃を降ろさせた。
「危険は無いわ。それは、しまっておいて」
「しかし……」
「駄目よ。私たちが、これからやろうとしている事を考えなさい。彼らと、私たちの目的は同じ。信じる事が大切よ」
 ゼール中佐は、しぶしぶその銃を腰のホルスターへと戻した。
 透子は、斉藤の方へも目配せした。
「あなたもよ。まずは、私たちを信じて」
 斉藤は、釈然としない顔をしたまま、構えた手を下ろした。
「どう? 作業は進んでる?」
 透子が次に向かった先の部屋の隅の端末の前に、アナライザーが居た。アナライザーは、まだ作業を行っているらしく、透子の呼び掛けに答えなかった。
 星名と斉藤は、アナライザーの姿に驚いていた。
「こいつ、防衛軍の分析ロボじゃねえか……!」
「ヤマトに搭載していたのと同じ、AUシリーズの機体だね……。何で、こんな所にいるんだい?」
「イスカンダルの装置と一緒に、ここへ連れて来られたって話だったわ」
「イスカンダルの装置?」
 その時、アナライザーは、頭のメーターを光らせると、突然声を出した。
「セキュリティヲ突破シテ、標準レベルニ上ゲルヨウニ設定シマシタ。シバラク待ツト、効果ガ出ルト思イマス」
 アナライザーは、星名と斉藤の姿を捉えると、彼らに話し掛けた。
「情報部ノ星名サン、ソレカラ、空間騎兵隊ノ斉藤サンデスネ。私ノ電子頭脳ノデータベースト照合シマシタ」
 星名は、アナライザーの前に立つと、質問をしてみた。
「君の身に起こった出来事について、話してくれないか?」
「ハイ。私ハ、現在科学実験艦ムサシに搭載サレ、航法支援ヲ担当シテイマシタ」
 アナライザーは、惑星ファンタムでの出来事について簡潔に説明した。それを聞いた星名と斉藤は頭をひねっていた。
「その……、コスモフォワードシステムってえのは、何の役に立つもんなんだ?」
「ソレヲ真田サンガ調査シヨウトシテイタ所ヲ、奪ワレテ、ココニ運ビ込マレタノデ、現在不明デス」
 ゼール中佐は、その情報を補足した。
「先程、科学奴隷たちが、組み立てた物を何処かへ運んで行った。この要塞都市帝国の地下に格納されている脱出用宇宙船に積み込んだらしい、というところまでは分かっている」
 その時、微かなうめき声の様な音を彼らは聞いた。
「ドウヤラオ目覚メノヨウデス」
 彼らは、イスカンダル人たちの前に戻り、三人の皇女たちの様子を確認した。
 スターシャは、眉間にしわを寄せると、静かに目を開けた。
「……ここは……。あなた方は……?」
 そして、時を同じくして、サーシャも目が覚めたようだった。
「……あら? 何だか、随分沢山眠っていたみたいね……」
 続いて、ユリーシャも静かに目を開けた。
「……」
 ユリーシャは、焦点の定まらない瞳で、辺りの様子を確認していた。
 星名は、彼女の前に出て膝を付いた。
「ユリーシャ……。大丈夫だったかい?」
 ユリーシャは、ぼんやりした頭で考えた。
「ん……。ほ、星名……? 私、夢を見ているのかな……?」
 星名は、彼女の手を握り締めた。
「違うよ、ユリーシャ。これは夢じゃない」
 ユリーシャは、彼の手のひらの体温を感じて、涙を溢れさせた。
「嬉しい……。また、会えたんだね」
 斉藤は、二人の様子を不思議そうに眺めていた。サーシャも、ユリーシャの様子を確認すると、羨ましそうに言った。
「あら、あら。ユリーシャったら、いつの間にか、素敵な殿方がいたのね? ずるいわぁ。私だけじゃない。誰もいい人居ないのは……」
 ユリーシャは、顔を赤らめていた。
「ほ、星名は、そんなんじゃないから……!」
 その時、スターシャは、椅子から身体を起こそうと、足を震わせていた。
 透子は、彼女の方へ近寄ると、優しく言った。
「スターシャ女王。もう少しだけ、ゆっくりとされた方が宜しいかと。慌ててお立ちになれば、お怪我をなさいます」
 スターシャは、彼女の言う通りだと思って、上げた腰を、もう一度椅子に下ろした。
「あなた……。どなただったかしら?」
「……それについては、後ほどご説明致します」
 ゼール中佐は、皆に話し掛けた。
「これで、準備は整いました。これから、地球艦隊がこの白色大彗星を止めてくれる手筈になっています。そうしたら、我々は、混乱に乗じて、ここを出ます。大帝ズォーダーは、私たちの味方です。彼は、ガトランティスを裏切り、私たちと共に脱出してくれます。まずは、イスカンダルのお三方は、身体を動かせる様に少し休んで下さい」
 ゼール中佐の説明に、皆驚いていた。
「な、何が何だか、さっぱり分からねえ。誰か、ちゃんと順を追って説明してくれねえか?」
 ぼやく斉藤に、透子は、にっこりと笑った。
「まだ時間があるので、私から説明するわ」
 
続く…