惑星エトス、首都付近の海上――。
 
「勝手なことをされては困ります! どうして、私に一言相談してくれなかったんですか!」
 古代は、真田と共にムサシの艦橋にいた。頭上の大スクリーンに映る空母ミランガルの艦橋には、ランハルトと共にカストラーゼ刑務所に潜入した一行に加えて、ガミラス護衛艦隊司令のネレディアが憮然とした表情で映っていた。
「すまない、古代。相談はあったが、私が却下した。しかし、危険を冒してまで勝手に出るとは考えが及ばなかった」
 ランハルトは、涼しい顔をしている。
「結果的に、何の危険も無かった。心配するな」
 スクリーンの向こうでは、ネレディアはあ然としている。
 古代は、真面目な表情でランハルトに語りかけた。
「デスラー大使。ここは、ガルマン帝国支配下の惑星です。事前に帝国政府から提供されたデータによれば、刑務所へ無断で侵入する行為は違法です。逮捕されれば、三十年以下の懲役刑となると記載されています。ご自分が何をしたのか分かっているんですか? そして、ルカ少尉を始め、地球人である山本や揚羽までも連れて行き、危険に晒しました。到底見過ごす事の出来ない行為です。せめて、釈明する気は無いんですか?」
 その古代の話を、山本は目を逸らして無表情で聞いていた。揚羽は、少しおろおろしている。
 ランハルトは、満足そうに笑みを浮かべている。
「ああ。その必要は無いと思っている。それよりも、重要な話がある。聞いてくれ、リッケ大佐、古代一佐」
 古代は、釈明する気が無いと言い放つランハルトに、一瞬表情を強張らせたが、仕方なく受け入れた。
「……良いでしょう。話を聞かせてください」
「そんな顔をするな、古代。いいから聞け。まずは、ゴルイ大司教はシャルバート教の過激派組織など存在しないと言っていたが、あれは嘘だ。恐らく、ガルマン帝国側に、余計なことを言わないように口止めされているのだろう。そして、我々にザンダルに会わせたいと考えて、彼の情報を密かに伝えてきた。そのザンダルは、刑務所に確かに捕らえられていたが、囚人とは名ばかりの特別待遇を受けていた。ゴルイ大司教が、便宜を図って、そのようにしたらしい。そして、彼は反乱組織を指揮するリーダーの一人だと言う。そう、本人から聞いた」
 ランハルトは、カストラーゼ刑務所で、ザンダル将軍から聞いてきたことを、古代とネレディアに一つ一つ話をした。話を聞いた二人は、酷く困惑していた。
「デスラー大使。そうすると、彼らは武装蜂起するのを止める気は無いと?」
 古代の問いに、ランハルトは首を振った。
「そうではない。いざとなれば皆で逃げるべき、と言うのは理解してもらったと思う。しかし、本当に危険を感じるまでは、反乱を起こすのを止めないだろう。ザンダル将軍の決意は固い。残念ながら、ガルマン帝国では我々はただの部外者だ。彼らに無理強いすることは出来ないとは思わないか?」
 古代は、ランハルトに何か言おうとしたが、彼に遮られた。
「まぁ、聞け。ザンダル将軍に任せておけば、恐らく心配は無いだろう。それよりも、シャルバート教の伝説の謎解きの方が重要だと俺は思う。何故なら、ガトランティスの狙いは、イスガルマン人、つまりイスカンダル人の絶滅ではないかと多くの地球人とガミラス人は考えているが、俺は個人的にはそうじゃ無いと睨んでいた。考えてもみろ。ガルマン帝国中に散ったイスガルマン人すべてを滅ぼすなど不可能だ。ましてや、俺の秘書ケールのように、他の銀河に渡ったような者がいるのだからな」
 古代は、不服ながらも話を聞いていた。
「では、大使は何が目的だと思っているんですか?」
 ランハルトは、にやりと笑うと言った。
「奴らの狙いは、イスカンダルの古代兵器だ。俺は、そう睨んでいる」
 それまで黙って話を聞いていた真田は、そこでようやく口を開いた。
「デスラー大使。あなたが言う古代兵器とは……。約千年前に存在したと言うイスカンダル帝国時代の、波動砲を搭載した大艦隊のことを指していますね?」
 ランハルトは、目を細めて頷いた。
「その通り。イスカンダルがかつて抱えていた多数の波動砲艦隊の所在は、現在は不明だ。これまで、それらは廃棄されたのか、または解体したのか、はたまたイスカンダル星に今も眠っているのか、ガミラスでもその所在は議論されてきた。ヒス前総統がガミラス帝国で暫定政権に就いていた頃、ガトランティスの脅威や、マゼラン銀河の反乱組織に対抗する為に、イスカンダル星のどこかに隠してある波動砲艦隊を手に入れようと画策したこともあった。結局、スターシャ女王がこれを肯定も否定もしなかった為、それが本当にあるのか謎のままだった。そして、それをどこで聞きつけたのか、ガミラス・ガトランティス戦争の時のガトランティスの主たる目的は、イスカンダル星の高度な技術や兵器を手に入れることだった。しかし、俺が後にユリーシャ様に確認したところ、そんな物はイスカンダルには無いと言う。彼女は嘘をつくようなお人では無い。そうなると、廃棄したか解体されたと考えるのが筋だが……。シャルバート教の伝承のことを知った上で改めて考えてみると、時のイスカンダルの女王自らと、イスカンダル帝国の波動砲艦隊は、天の川銀河に一緒に渡ったとも考えられる。もし、そうなら、その移民の本来の目的は、マゼラン銀河を蹂躙した忌まわしい波動砲艦隊の廃棄だったのではないか……? 俺は、そう考えた。そして、それが元になって、かつて強大な力を持っていたマザー・シャルバートが、いつの日か皆を救いにやって来ると言う伝承に置き換わった……とな」
 真田は、ランハルトの話を興味深く聞いていたが、一つの疑問を抱いていた。
「大使のお話は、筋も通っていて、非常に興味深い。一緒に移民したガミラス人は、その艦隊をどうして手に入れなかったのか? などいろいろ議論してみたいところですが……。しかし、特に証拠は無く、あくまで推測でしかないのでは? ましてや、既に、現在のガルマン帝国が、それを探して調査したのに見つかっていないとなれば、そんな物は存在しないと結論付けるのが普通だと、私は考えますが」
 ランハルトは、それに素直に頷いた。
「そうだな。真田。お前の言うことは間違ってはいない。しかし、もしも、ガトランティスが、それがあると考えて行動しているのだとしたら? そして、もしも、奴らがそれを見つけ出して手に入れたとしたら? そんなことになれば、もう奴らを止められる者は、この宇宙に居なくなってしまうだろう。本当に、それが存在するのかしないのか、奴らよりも先に、自分たちで調査した方がいいと思わないか?」
 真田は、しばらく考え込んでから、古代の方を見た。
「古代……」
 古代も、目を閉じて考え込んでいた。ランハルトの言っていることは、可能性の一つとして、十分に考えられることだった。宇宙全体が、白色彗星と波動砲艦隊の前に、為す術も無く滅びてしまうのは、考えたくない事態だった。
「……確かに、そうなることは警戒すべきことでしょう。大使のご懸念は理解しました。それでは、ザンダル将軍から教えてもらったと言う、その惑星ファンタムに行ってみましょう」
 ランハルトは、満足気に頷いた。しかし、その横でネレディアは、渋い顔をしている。
「まったく……。私は、亡くなったガゼル提督の代わりに、大使を護衛する任を引き継いでいる。大使の方針には従うが、もう、二度と勝手な行動をしないで頂きたい。護衛するこちらの立場も考えて頂きたい」
「ああ、分かった。君の意見も考慮するとしよう」
 まったく懲りていないランハルトに、ネレディアは露骨に嫌な顔をしている。しかし、ランハルトは、そんなネレディアのことを気にすることもなかった。
「この後、座標をムサシにも送る。それから、叔父にも、惑星ファンタムに行くことを伝えたいところだが」
 古代は、ちらと通信士の座席にいる相原の方を見た。
 相原は、残念そうに首を振っている。
「デスラー総統には、通信が繋がり次第連絡するつもりです」
 ランハルトは、残念そうにしていたが、すぐに気を取り直して言った。
「ありがとう。では、出発しようか」
 
 その後、ムサシと空母ミランガルは、惑星エトスに別れを告げる為、惑星エトスの首都付近の海上から飛び立った。
 大聖堂の建物の前で後ろを振り返った大司教のゴルイは、空高く飛び去って行く二隻の船を見守っていた。
「地球人とガミラス人か……。世が世で無ければ、すぐに友人になれそうだな」
 そうぽつりと漏らしたゴルイは、自分を鋭い目つきで見つめるガルマン帝国兵の視線を感じていた。
 二隻の船が空の小さな点になったのを確認したゴルイは、ゆっくりと大聖堂の中に入って行った。
  
続く……