中立地帯から、ガルマン帝国領内に百五十パーセク程進入した宙域――。
 
 ムサシは、ネレディア・リッケ率いるガミラス艦隊とともに、ガルマン帝国領内を旅していた。ムサシに帯同するガミラス艦隊は、ネレディアの座上する戦闘空母ミランガルを旗艦とし、他に巡洋艦五、駆逐艦十六からなる小隊だった。ここまで、幾度かのワープを繰り返していたが、ガルマン帝国からの通達が、全土に届いているのかどうか判然としない状態ではあったが、地球とガミラスを敵対視する勢力とも出会うことも無く、無事に旅を続けていた。
 
 ムサシの艦内食堂――。
 
 古代や、真田ら主要なムサシの乗組員は、皆で食堂で食事をとっていた。そこで出されていた料理は、ムサシのオムシスで作られたものである。
 古代と雪は、間に美雪を挟んで、まだ幼い彼女がこぼした食べ物を拾ったり、口元を拭ったりしながら、一緒に食事を楽しんでいた。
「パパ、これおいしっ」
 古代は、笑顔で美雪を見つめた。
「そうかい? それは良かった」
 雪も、嬉しそうに彼女の反応を眺めている。
「美雪ちゃん、たくさん食べて、大きくなるのよ」
 雪は、オムシスで作られた食事を満足げに食べている美雪に、本当に健康上問題無いのか、若干不安も感じていた。
 民間人を地球に返すという話に、雪は強硬に抵抗し、ムサシに美雪と共に残ることになった。雪の父親代わりでもある土方は、酷く心配していたが、雪の説得に、結局折れた形となった。一方の真琴と翼の二人はと言えば、地球に向かう船に乗って帰国の途に就いていた。加藤は、イセの航空隊の隊長を務める為、そのまま艦に残り、最後に家族の別れの時間をとっていた。
 真田は、新見薫とともに、サーシャを挟んで食事をしている。サーシャは、既に染めた黒髪から、元の美しい金髪へと戻していた。ガトランティスからの誘拐から彼女を守ったことで、もう彼女を隠す必要が無くなった為である。
 そのサーシャは、真田に以前から気になっていたことを尋ねた。
「ねえ、志郎パパ。うちのママとアベルトは、どうなったの? そろそろ、二人とも帰って来てもいいころだと思うんだけど」
 真田は、にこりと笑うと、サーシャの頭を撫でた。
「ごめんよ、澪。多分、もう少し時間がかかると思う」
 サーシャは、口を尖らせて不満そうだった。
「それ、おんなじこと、ずっと言ってるよ? 私が小さいと思って、何か隠してない?」
 それには、流石の真田も、少し顔を強張らせた。
 新見は、彼女の頭を撫でると、助け舟を出した。
「本当にもうちょっとよ。多分、先にその……アベルトパパの方が早く会えるかな」
「じゃあ、ママは? だって、ママは、アベルトを助けに行ったんでしょ? それなのに、どうしてアベルトに先に会えるの?」
 サーシャは、無垢な瞳で新見を見つめている。結局、彼女も表情を強張らせることになった。
 その様子を見かねた藤堂早紀は、席を立って食堂にあったモニタースクリーンの電源を入れた。既に彼女も、旅の途中で、真田と新見の結婚の事実は無く、スターシャの娘、サーシャを敵の目から欺く為だったことを聞いていた。それでも、引き続き娘として扱っている二人のことを、彼女はとても気にかけていた。
「ほら、澪ちゃん。先日ガルマン帝国の帝国放送の中継の傍受に成功したの。子供が見るような放送チャンネルが、確かあったと思うんだけど……」
 早紀は、モニターを操作する端末を手に、周波数帯を変更して、子供番組を探していた。
 モニターを見ていた徳川彦左衛門は、食事の手を止めて、早紀に言った。
「すまん、早紀さん。ちょっと止めてくれんか」
 早紀が手を止めると、モニターには、ニュース番組が映り、先日の多国籍軍による戦闘のことが報道されていた。
「今、映っているのは、南部が行った戦いの現場じゃないのか?」
 古代も、モニターの映像に釘付けになっていた。
『初めて、ボラー連邦と我がガルマン帝国が協力して、外宇宙からの侵略者、ガトランティス帝国を撃退しました。ここが、その現場です。メディアがボラー連邦領内に入ったのも、これが初めてのことです。報道管制が解かれましたので、こうして映像で紹介出来ます』
 アナウンサーと思われる女性の説明の後、現場の生々しい戦いの跡が映し出された。ゴルバや、ガトランティスの艦艇と思しき残骸が、宇宙空間に漂う様子が映像から確認出来た。
「間違いありません。山南さんの第二艦隊が戦った場所ですね。初めての多国籍軍としての戦いで、ガトランティスに勝利したと聞いています」
「そいつは、朗報じゃなぁ」
 古代は、徳川に残念そうな表情で言った。
「そうでもないんですよね。ボラー連邦とガルマン帝国の関係が上手く行ってなくて、山南さんも、相当苦労したと聞いています。特に、ここはボラー連邦領内ということもあって、ガルマン帝国側が怪しげな動きをしていたと言う話もあります」
 映像は切り替わって、スタジオらしき場所に移っていた。女性のアナウンサーと、解説者らしき男性が会話している。
『この、ガトランティス帝国と言うのは、政府からの発表では、銀河系の外からやって来たそうです。ボラー連邦は、ガトランティスに本星を落とされ、ボラー連邦政府は、崩壊してしまったと聞きます。その後、ゴルサコフ参謀長官を新たな首相として、暫定政府が立ち上がって、我々ガルマン帝国に助けを求めて来たそうです。我が国の政府は、一時的に同盟を結ぶことに同意して、ガトランティス帝国を撃退するまで、このような共同の軍事作戦を続けるそうです』
『その、ガトランティス帝国は、我が国までやって来ることはあるのでしょうか?』
『我が国は、非常に強力な軍備を持っています。そうならないように、水際で食い止めようと、今、政府軍は、頑張っている所でしょう。弱体化したボラー連邦政府軍は、我々ガルマン帝国の協力無くして、既に国内の安全を保てない状況です。このまま、上手くことが進めば、こう言っては何ですが、ガトランティス帝国のおかげで、長年敵対してきたボラー連邦との和平が成立する可能性が高いと思います』
『なるほど。そうなれば、私たちは、巨額の軍事予算を維持する為、多くの税金をとられてきました。ボラー連邦と和平を結べれば、経済的にも私たちに恩恵がありますね』
『そういうことです』
 真田は、そのやり取りを見て、ため息をついた。
「あまりにも楽観的な報道だ。メディアは、軍事独裁政権であるガルマン帝国政府の意向をくんで報道しているのだろうか。現在のボラー連邦の窮状を伝え、彼らを守ってやらねばならないと世論を形成したいのかも知れない。しかし、だとすれば、ガトランティスの恐ろしさが、メディアもガルマン帝国政府も、認識出来ていないことになる。非常に危険だ。おまけに、こんな報道をしていれば、下手をすれば、政府に反抗しようと画策している勢力は、ボラー連邦まで艦隊を派遣して、国内が手薄になった今がそのチャンスだと考えるかも知れない。シャルバート教の過激派組織のようにね。或いは、そういった勢力をわざと泳がし、一網打尽にしようとしているのか……。いずれにせよ、今のままでは、ガトランティスに襲われ、命の危険に晒されるまで、政府も、国民も、気が付かない恐れがある」
 古代も、それを聞いて意見した。
「先日の戦闘でも、ガルマン帝国とボラー連邦は、互いの足を引っ張りあっていたと聞きます。いくら、地球やガミラスが支援したとしても、戦力は限られています。やはり、鍵となるのは、この二大星間国家が手を取り合うことです。それが出来なければ、いずれガトランティスは国境を越え、ガルマン帝国に侵攻して来るのも時間の問題でしょう。その時、この二国が再び争うようになったり、国内で内戦が起こったりするような事態になれば、勝てる戦いも勝てなくなってしまいます。だからこそ、僕たちはガトランティスの脅威を伝えなければなりません。今は、反乱を起こしている場合ではないと言うことを、相反する勢力であっても、今は協力して立ち向かう時だと言うことを、伝えていかなければ。そうして、皆で協力して初めて、ガトランティスに対抗出来るはずです。そうなれば、我々も、救出作戦を実行し、スター……」
「古代……!」
 真田は、間髪入れずに低い声で警告した。古代は、最後にスターシャの救出の件を話そうとしていたが、それではっとして口をつぐんだ。彼は、サーシャの方を見ると、彼女は、不思議そうに首を傾げている。古代は、その場を取り繕う為に、頭をフル回転させた。
「すた……スタートラインに立てると思うんです……」
 真田と新見は、ほっとしたように胸をなでおろしている。
 早紀は、端末を操作して、また傍受可能な周波数帯を探し始めた。
「ごめんね。大人のお話し、つまんないよね。ちょっと待っててね」
 
 皆が食事を終え、食堂を出て行こうとした時、古代は、真田を呼び止めた。そして、二人は、残って話を続けた。
「真田さん。スターシャさんたちのこと、サーシャには伝えていなかったんでしたね。申し訳ありません」
 真田は、当惑した表情で、視線を古代に向けた。
「……いや、こちらこそすまない。話すタイミングを見失ってしまってね。そろそろ、伝えなければと、新見くんとも話し合っているところだったんだが。しかし、スターシャ女王が、ガトランティスに捕まっていると聞いて、彼女がどれほど不安に思うか心配でね……。なかなか言い出せずにいる」
 古代は、すまなそうにしている。
「そう、ですよね。すいません。僕も、気を付けます」
 真田は、小さく頷いた。
 古代は、神妙な顔で、口ごもりながら、真田に何と話すか迷っていた。
「他に、何か私に話したいことがあるんだね?」
 古代は、相好を崩して口を開いた。
「す、すいません。……そのスターシャさんたちですが、いったい、どうやって救出するか、まだ考えがまとまりません。ガトランティスを撃退し、勝利することは、今の我々の戦力なら、決して不可能では無いと思っています。しかし、スターシャさんの救出には、白色彗星と化した大要塞を、完全に破壊せずに停止させ、中に乗り込む必要があります。波動砲で撃てば、白色彗星を止めることは出来ると思いますが、下手をすれば、完全に破壊してしまうかも知れない。どうすればスターシャさんたちを助け出せるか……。真田さん、何かこの方法について、お考えはおありですか?」
 真田は、あごに手を当てて、しばらく熟考していた。
「……白色彗星という兵器は、以前タラン司令がガミラスで国防相をやっていた時に、バラン星用の人工太陽として研究開発していた技術が元になっている。デスラー総統やタラン司令が、ガトランティスで捕虜になっていた時に、ガミラス人の科学奴隷と共に、時間稼ぎで開発したらしい。何でも、エネルギー効率が悪く、長い時間エネルギーを維持することが出来なかったので、実用化を断念したそうだ。しかし、タラン司令の手を離れた後、ガトランティスに昔からいるどこか別の星の科学奴隷があれを白色彗星へと転用するアイデアを思いついたらしい。タラン司令の推測では、中心核として人工太陽を置き、その外殻を構築することで、プラズマを循環する仕組みを作ったと思われる。これで、表面温度五千度、そして太陽のような輝きを、半永久的に維持出来るように改良したのだろう。これには、ガミラスですらまだ実現が困難な、非常に高度な技術が使われている。もちろん、地球人でも、まだ実現は難しい技術だ。だが、恐らく仕組み的にはシンプルなプラズマの循環路のようなものがあり、それが白色彗星としての姿を維持させているのだと思う。これについては、タラン司令とも以前議論して、意見は一致している。私も、救出作戦の方法について、何度か考えては見たよ。前に初めて白色彗星と対峙した時の映像や、センサーで収集したデータも見てみた。循環路のような物がどこにあるのかは、それだけでは分からなかった。それがいったいどこに、いくつあるのか。それが分かれば、そこに波動砲を撃ち込んで破壊すれば、恐らく、人工太陽を停止せざるを得なくなるだろう。そうすれば、白色彗星は、ただの要塞に逆戻りだ」
 古代は、口を開けたまま、呆然としていた。
「真田さん……! そこまで考えていたんですね! やっぱり、流石です!」
 真田は、首を振った。
「古代。これは、推測でしかない。確証は無いんだよ。確証が持てなければ、実行は難しい。もし、この推測が誤っていれば、もしかしたら白色彗星自体を破壊してしまうかも知れない。そうなれば、スターシャ女王たちは、ガトランティスと運命を共にすることになる」
 古代は、希望に満ちた顔をしている。
「それなら、どうにかして、確証を得なければなりませんね。方法は、今は分かりませんが、これで少しは前に進めます」
 真田は、にこりと微笑している。
「君が、そう言う奴だと言うのを忘れていたよ。そうだな。もう少し考えてみるよ」
「ありがとうございます」
 古代は、少し神妙な表情になって言った。
「シャルバート教の信者たちにガトランティスの脅威を警告しに行くというこの旅の目的は、彼ら……特にイスガルマン人を始めとした人々を、ガトランティスから遠ざけようとする為でもあります。そして、それは私たち地球人の、イスカンダルへの恩返しにもなるとも考えています。しかし、それだけでは無く、本当は、スターシャさんたちを助け出す方法を考える時間を稼ぐ意味もありました。この旅の間に、その方法を見つけ出し、ガトランティスとの決戦に臨みたいと思っています」
 真田は頷いた。
「それには、まずはタラン司令と合流して、一緒に議論をして、何とかして結論を出さなければならないね。彼を乗せたデスラー総統の船は、我々と合流しようとしているらしいが、今はどの辺りにいるんだね?」
 古代は、頭を振った。
「分かりません。サーシャを迎えに来るという連絡だけを受けています。次元潜航艦を使っているので、向こうから連絡して来なければ、連絡が取れません」
「我々の行き先は伝えられるのかね?」
「次に連絡が取れた時に伝えます。結局、過激派組織の宇宙船の空間航跡を見失ってしまいましたが、惑星アマールのイリヤ次官の提案で、今はガルマン帝国でも、シャルバート教の唯一の教会のある惑星エトスに向かっています。上手く連絡がつけば、そこで合流出来るかも知れません」
 
 その後、古代は真田と別れて自室の方へと向かっていた。
 居住区画の古代の個室の前には、小さなサーシャがぽつんと立っていた。
「サーシャ? そんな所で、何をやってるんだ?」
 サーシャは、顔を伏せてすぐに返事をしなかった。
「サーシャ……?」
 サーシャは、少し顔を上げて、古代の方を見た。その表情は、不安を抱えているのは、明らかだった。
「オジサマ……」
 古代は、しゃがんでサーシャと同じ高さの目線になってから話した。
「どうしたんだい?」
 古代は、微笑して彼女を安心させようと努めた。
「オジサマは、ママたちがどうなったか、本当は知ってるんでしょ?」
 そう言うことか……。
 古代は、彼女に何と言うべきか、少しの間考えた。
 嘘をつくのも良くないが、本当のことを、自分の口から話すべきではないだろう。これは、彼女と家族として過ごした真田や新見、もしくはデスラー総統の口から話すべきことだ。彼らを差し置いて、勝手に話すことは出来無い。
 古代は、そこで思いついたことを、彼女に優しく伝えた。
「ごめんよ。僕からは話せないんだ。これは、地球とガミラス、そしてイスカンダルの間で結んだトップシークレットなんだ。だけど、必ずママには会えるから。僕が、絶対に会えるようにする。約束する。だから、本当にごめん。もう少し待っていてくれないかな」
 サーシャは、がっかりした顔で、再びうつむいた。
「オジサマ、ずるい。そんなこと言われたら、これ以上、聞けないじゃない」
 古代は、後ろ頭をかいて、大人のような言い回しに、戸惑っていた。
「ごめん……」
 サーシャは、急に涙ぐんだ。恐らく、寂しくて泣くのを我慢していたんだろう。
 サーシャは、古代にすがりつくと、嗚咽を上げた。
 古代は、そっと彼女の小さな身体を抱きしめた。
 兄、守の娘サーシャ。彼女は、彼と血の繋がった、数少ない大切な家族だった。
 その家族を、これ以上悲しませる訳にはいかない。
 古代は、そっと決意を新たにするのだった。
 
続く…