アマール政府の防衛軍庁舎――。
 
 翌日、アマール防衛軍の庁舎では、ボラー連邦とガルマン帝国政府の軍の高官による、会談の場が設けられていた。
 ボラー連邦からは、ゴルサコフ参謀長官、ガルマン帝国からは、キーリング参謀長官が出席し、第三国のアマール政府の防衛長官であるハラールが、中立の立場でそこに参加していた。ボラー連邦とガルマン帝国からは、アマール駐在大使のジャミラロワとベラミーも、その場に出席していた。
 そして、キーリングは、前日の約束通り、ライアンとランハルトを、その場に参加させる為、今は別室に控えさせていた。
 ゴルサコフとキーリングの議論は平行線を辿っていた。
「我々は、ボラー連邦が突然休戦協定を破り、我が国に侵攻を開始したことに、強い憤りを感じている。宣戦布告すらせず、大変遺憾である。我々は、これに強く抗議するものである。直ちに、一時的な停戦をし、この協定違反について、第三国の立ち会いのもと、話し合いの場を持つことを提案する」
 キーリングは、冷静に、そして時折感情を込めて訴えた。しかし、ゴルサコフは、特に怯むこともなく、それに反論した。
「キーリング参謀長官。それは言いがかりではないかね? 先に国境を越え、我が軍に挑発的な行動をとったのは、ガルマン帝国だと報告を受けている。つまり、休戦協定を一方的に破ったのは、貴国だと言うことだ。そのようないざこざから、今回の戦闘に発展した。貴国の野心に、私も大変驚かされているよ」
 キーリングは、眉を吊り上げた。
「なるほど。何度話しても、あなたとは平行線のようだ。このようなやり取りをいくら続けても、徒労に終わるだけだな」
 ゴルサコフは、首をすくめている。
「それは、こちらの台詞だよ。キーリング参謀長官。我々は、貴国の今回の行為について、大変残念に思っているよ」
 キーリングは、相手は、戦いを有利に進めている状況で、かなり余裕があると見て取れた。ならば、アプローチを変えよう、と彼は決めた。
「ゴルサコフ参謀長官。貴国と戦闘に臨んだ部下から、奇妙な報告を受けている。貴国は、新兵器の機動要塞を何隻も戦線に投入している。随分と強力な兵器だったようだ。おかげで、我が軍は苦戦を強いられている。その新兵器と共に、今まで見たことの無い種族の艦船が多数目撃されている。この新兵器と、新たな協力者を得たことで、これなら勝てると考えた。そして、我が国を侵略しようという、野心を抱いた……。我々は、そう考えているが、違うかね?」
 ゴルサコフは、低く笑っている。
「それとこれとは話は別だ。新兵器開発は、貴国だって行っているだろう。新たな種族を自陣営に組み入れるのだって、お互いに、ごく普通にやっている事だ。今回のことで、咎められる言われは無い」
 キーリングは、ため息をついて、会談の場にいた部下に指示した。
「ゲストを、ここへ呼んでくれ」
 ゴルサコフは、笑みを浮かべたまま、キーリングを見つめていた。キーリングも、同じように彼から目を離さなかった。しばらくして、その場にライアンとランハルトが入って来たが、ゴルサコフは、入って来た人物を特に気にすることもなく、キーリングの目を覗き込んでいた。
 キーリングは、ライアンとランハルトを手招きし、自分の席の近くに座らせた。キーリングは、そこでようやく話を続けた。
「……その種族の名は、ガトランティス帝国。貴国は、その連中と、対等な同盟関係を結んだ。そして、その協力関係があったからこそ、我が国に侵攻する決断をしたのだ」
 ゴルサコフは、それを聞いてもなお、表情を変えなかった。
「ほう……。よく調べたものだ。その通り、我々はガトランティスと同盟を結んでいる。だが、それが何だと言うのだね? なんの問題も無いだろう」
 キーリングは、にやりと笑って、ライアンとランハルトを紹介した。
「その、ガトランティスのことを、よく知っている人物を今日は連れて来た。紹介しよう、地球連邦政府代表のライアン外務長官と、ガミラス政府代表のデスラー大使だ」
 そこで初めて、ゴルサコフの顔色が変わった。
 ガミラス……だと……?
 ゴルサコフは、ランハルトの顔を鋭く見つめた。地球連邦のことは、あまり良く知らなかったが、ガミラスのことは、噂に聞いていた。大小マゼラン銀河全体を支配する、強大な軍事国家だ。そのことは、ボラー連邦でもよく知られた情報だった。
 キーリングは、笑みを浮かべたまま、話を続けた。
「彼らは、ガトランティスと敵対する立場だ。我が国と、彼らは、ガトランティスに対抗する為に、いつでも協力することで一致した。あなた方が、ガトランティスと手を組むと言うのなら、我々も黙ったまま、座視することは出来ないのでね」
 みるみる、ゴルサコフの顔は青ざめていった。それに追い打ちをかける為、キーリングは、ランハルトに話をする機会を与えた。
「私は、地球駐在ガミラス大使のデスラーだ。我々は、地球連邦と協力して、ガトランティスとの全面戦争を戦った。その結果、我々は、ガトランティスに全面的に勝利した。ガトランティスは、当時の大帝ズォーダーを始め、多くの兵や艦隊を失い、我々にとって、ガトランティスは、ただの残党に過ぎなかった」
 ゴルサコフは、焦った様子をみせて、ランハルトに問いただした。
「そ、それがどうしたのだ。彼らの新兵器、機動要塞ゴルバがある限り、我々の優位性は変わらん。ゴルバは、既に量産体制に入っている。残党と呼んで甘く見ているようだが、ガルマン帝国との戦闘における戦果は動かすことは出来ん。ガルマン帝国は、ゴルバに対抗出来ず、あちこちの戦線で押されているのだ」
 ライアンは、ランハルトと顔を見合わせて、小さな声で話し合った。そして、その後、ライアンは話を始めた。
「私は、地球連邦政府の外務長官、ライアンです。我々は、そのゴルバを一撃で撃破出来る兵器を持っています。そして、その兵器を搭載した艦を、数百隻所有しています。我々にとって、ゴルバは脅威ではありません」
 その話には、ゴルサコフだけでなく、キーリングも驚いていた。
 あれを……。
 一撃で……?
「う、嘘も大概にしたまえ! そんな兵器は存在しない!」
 本星付近でデスラー砲が使用され、自軍の機動要塞が一撃で撃破されたという情報は、ミルに丸め込まれたチェコロフが報告しなかった為、ゴルサコフには伝わっていなかった。
 ランハルトは、そこでようやく、核心を話し始めた。人質の救出が出来るかどうかが、ここからの話し合いで決まる。
「我々は、あなた方に協力してもらいたいことがあって、この場に同席した。実は、我々の大切な友人が、ガトランティスに拉致されてしまい、困っている。今のあなた方なら、ガトランティスに人質を解放させるように要求することも出来るだろう。しかし、その要求をあなた方が拒否するのであれば、我々は、ガトランティスを無力化する為に、ガルマン帝国と共に、彼らを排除するように動くことになるだろう。わかっていてもらいたいのは、我々にとって、今のあなた方は敵では無いということだ。しかし、ガトランティスはそうでは無い。この点において、我々とガルマン帝国は意見が一致している」
 ゴルサコフは、その話に混乱していた。
「ま、待ちたまえ。その、友人とやらを解放するのに協力すれば、ガルマン帝国との協力から手を引くと言うのか?」
 ランハルトは、首を振った。
「先程から言っている通り、ガトランティスは、我々の共通の敵だ。人質解放の件が解決してもしなくても、ガトランティスと同盟関係にあるあなた方は、我がガミラスは、敵とみなすことになる。人質の解放に成功してからで構わない。彼らとの協力体制を解消して欲しい」
 ゴルサコフは、考えた。
 ガルマン帝国が、ガミラスと手を組むようなことになれば、今の戦局は、大きな変化をする可能性がある。そして、ゴルバを一撃で倒すことが出来る兵器の話を、まともに聞くべきかどうか、判断に迷った。
 だが、それが、もしも真実だったとしたら……?
 ゴルサコフは、本国の首相ベムラーゼとの話し合いが必要だと考えていた。
 キーリングは、更にそこで追い打ちをかけた。
「彼らの要求を聞き入れてはどうかね? そして、ガトランティスとの同盟を諦め、我々との休戦協定について、もう一度話し合いの場を持つことが望ましいと思わないかね?」
 ゴルサコフは、椅子を蹴って立ち上がった。
「少し、休憩としよう。この件は、日にちを改めて、もう一度協議しようではないか!」
 キーリングは、彼が本星にこの件を問い合わせようとしているのを悟った。
「いいだろう。では、続きは二日後に、執り行なおう。協力してくれる気になったなら、いつでも大使館に連絡をして欲しい。私は、話し合いがすむまで、アマールに滞在する予定だ」
 怒りに震えるゴルサコフを置いて、一行は席を立った。
 
続く…