数時間後、ワシントン――。
 
 地球連邦政府の緊急会議が開催されていた。
 集まった政府の閣僚や事務方、そして軍の高官らが招集され、テーブルについていた。
 遅れて会議の場に現れた山南とライアン、そしてランハルトは、火星からアンドロメダで直接駆けつけていた。
 彼らが席につくと同時に、大統領のダグラスは言った。
「遠い所をご苦労だった。ヤマナミ准将、早速だが火星での事件を簡単に説明してくれ」
 山南は、軍帽を取ると、荒い息で額の汗を拭った。
「はい。走ってきたもので、少しだけお待ち下さい」
 山南は、テーブルに置かれたミネラルウォーターのボトルを取ると、急いでキャップを取って中の水を飲んだ。横に座ったランハルトは、特に息を切らすでも無く、山南が話すのを待っていた。
「失礼……。報告します。ガミラス移民団が運んで来た浮遊大陸には、ガトランティス軍の艦隊が潜んでいました。また、移民船団には、ガトランティスの軍人が、ガミラス人に変装して、紛れ込んでいました。これらのことを事前に見抜くことが出来ず、今回の事件が発生しました。ガトランティス艦隊と交戦し、ガミラス艦隊に大きな被害が出ていますが、マゼラン市の市民らが虐殺される事態はどうにか回避出来ました。しかし、残念ながら、イスカンダルのサーシャさんとユリーシャさん、そしてマゼラン市の桂木市長が拉致される事態になってしまいました。また、それを追って、防衛軍の兵士が二名、三人を乗せた輸送機に潜入して行きました。現在、この三人を拉致したガトランティス艦隊を、ガミラス艦隊が追跡中です」
 連邦防衛長官のウイルソンは、渋い表情で発言した。
「ガミラス側のセキュリティは、いったいどうなっているんだ? 今回の一件は、明らかに地球連邦側の落ち度は無い。結局、事件を最小限の被害で食い止めたのは、我々地球連邦の軍だ。おまけに、このような事態を防ぐ為にやって来たガミラス側の護衛艦隊は、何の役にも立っていないではないか」
 これを聞いたランハルトは、椅子を蹴って立ち上がった。同じテーブルにいた大統領を始めとした人々が驚いて彼を見た。周囲の視線をものともせず、ランハルトは、鋭い目つきでウイルソンを睨んだ。
「お言葉ですが、ウイルソン防衛長官。マゼラン市の市民らの虐殺を身を挺して救ったのは、この私をこれまでずっと支えてくれた、ガゼル提督率いる空母ダレイラとその乗組員の兵士たちです。何の役にも立たなかったとおっしゃいましたが、今すぐに撤回して頂きたい!」
 ランハルトが強く叩いたテーブルが、大きな音を立てた。集まった人々は、当惑してランハルトとウイルソンを交互に見ていた。
 また何か言おうとするウイルソンを、大統領のダグラスは制した。
「ウイルソン。君の発言は、地球とガミラスとの関係を傷つけるものだ。君が謝罪するべきだ」
 ウイルソンは、若干不満そうにしつつも、ランハルトの方を向いた。
「……申し訳無い」
 ランハルトは、ウイルソンを睨んだまま、黙って席についた。
 ダグラスは、真剣な表情でランハルトに言った。
「ガゼル提督以下、空母ダレイラの乗員に、地球連邦を代表して感謝と哀悼の意を表したい。後ほど、バレル大統領にも、感謝を伝える書簡を送らせて頂くつもりだ」
 ランハルトは、小さく頷いて、そのまま無言で前を見つめている。
「それでは諸君、本題に入ろう。今回の事件で、起きたことを分析し、対策を話し合いたい。まずは、軍の方から意見を聞きたい。まずは、極東管区からの意見を聞かせてくれ」
 日本から通信で会議に出席していた藤堂と芹沢、そして土方は、スクリーンの向こうで、喋りだそうとしていた。
「極東管区行政長官の藤堂です。まずは、デスラー大使に、亡くなられたガゼル提督を始めとしたガミラス軍の皆さんに、お悔やみを申し上げたい。今回の事件は、まず、銀河中央方面総監部ギャラクシー基地で始まっていました。デスラー元総統が拉致された事件において、脱走したガトランティス人。ミルという男です。彼は、ガミラス・ガトランティス戦争時にデスラー元総統に捕虜にされ、この数年、牢に入れられていたそうです。真面目な態度でいた彼を、不憫に思ったスターシャ女王が、釈放したらしく、一年ほどは大人しくしていたそうです。しかし、先日移民団がギャラクシーに立ち寄った時に、事件は起きました。移民団に紛れていたガトランティス兵が手引きしたものと考えられます。そのミルという男を迎えにガトランティス艦隊が突然現れて、デスラー元総統もろとも、彼は脱走に成功しました。火星の事件でイスカンダル人を拉致した二人は、ほぼ間違いなく、それに関係していたと思われます。火星でイスカンダル人が拉致された時に、その場にいた山本一尉の報告によれば、彼らは、ミル様、と呼んでおり、どうやら、ガトランティスにとって重要人物らしいということが分かっています」
 大統領のダグラスは、頷いて更に尋ねた。
「他には?」
 そこで、山南が口を開いた。
「ガトランティス軍のことですが、今回の火星でも、ギャラクシーでも、彼らがゴルバと呼ぶ、巨大な機動要塞が現れています。浮遊大陸に潜んでいたものと、脱走したミルという男を迎えに来た艦隊にも、それが目撃されています。もしかしたら、量産されている可能性があります。強力な火力と、強固な防御力があり、かなり厄介な相手です。今回、ガミラス・ガトランティス戦争以来、防衛軍では初めて実戦で波動砲を使用することになりました。通常兵器でも、対抗は可能だと思いますが、今回のような状況では、使うしかありませんでした」
 それまで黙っていたウイルソンは、山南に言った。
「波動砲は、ダグラス大統領、防衛省長官の私のいずれかの許可がなければ、発砲は出来ないことになっているはずだ。いったい、誰の許可で撃ったのかね? まさかライアン、君が許可したのかね? そうだとすれば、越権行為だ」
 外務長官のライアンは、渋い表情をして、彼を一瞥すると、何も言わなかった。
 この男は、ここにいるのが相応しくない――、とライアンは彼を憐れんだ。
 スクリーンの向こうの土方は、沈痛な面持ちで頭を下げた。
「私が許可しました。山南に確認した状況は、一刻を争う状況でした。あのタイミングで波動砲を撃たなければ、マゼラン市の市民が犠牲になる可能性がありました」
 ウイルソンは、土方を糾弾した。
「それは、イスカンダルとガミラスの三者で結んだ約束を反故にする行為だ。波動砲をそんな勝手な判断で、使ってもらっては軍の規律が守れん。ヒジカタ。君を降格させるしかないだろうな」
 それを聞いた山南は慌てた。
「ちょ、ちょっと、待ってください! 私は、土方さんが許可しなくても、撃つつもりでした。土方さんは、私の為に追認してくれたんです! 降格すると言うのなら私を!」
「当然、君も降格することになるだろうな」
 そう言い放ったウイルソンを、ダグラスは睨んで、大きな声で言った。
「やめたまえ! 確かに、勝手に波動砲を撃ったことは問題だ。しかし、そもそも、アドミラルヒジカタから許可申請があった時、君は何をしていたんだね? 聞けば、急を要する事態だというのに、何故、すぐに許可しなかったのかね?」 
 ウイルソンは、少し言い淀んだ。冷や汗をかきながら、彼は話しだした。
「……会議に出席していました。連絡は受けていましたが、終わってから回答するつもりでした。会議中に渡されたメモだけでは、状況が分かりませんでしたので」
 ダグラスはため息をついた。
「なるほど。だとすれば、この許可申請の仕組みに欠陥があるということだ。緊急事態に対応出来ていない。それを見直さなければ、彼らの責任を問うことは出来ない」
 山南は、ほっとして大統領ダグラスを見た。
 副大統領から、大統領になった人物だったが、思いの外、まともな人じゃないか……。
 ダグラスは、周りを見回した。
「他には?」
 外務長官のライアンは、そこで口を開いた。
「移民団は、今回のことで萎縮しています。桂木市長まで一緒に連れて行かれてしまいましたから、急いで代役を立てる必要があるでしょう。彼らには申し訳ないが、まだガトランティス人が潜んでいないかも確認しなければなりません」
 ダグラスは頷いた。
「移民団のことは、済まないが外務省で対応して欲しい。急ぎ、市長の人選も頼む」
 その話を聞いていた藤堂は、黙ったまま考えていた。情報部の星名に命じて透子のことを調べさせていたのは彼だった。そして、永倉や山本からの報告では、彼女は自らガトランティス人についていったように見えた、という報告があった。拉致したガトランティス人を追って行った星名と斉藤のことも気になるが、彼らの報告がない限り、これ以上のことは分からなかった。今は、彼らの無事を祈るしかない。
 山南は、ライアンに続いて話しだした。
「今回のイスカンダル人の拉致に関して、疑問があります。彼らは、ギャラクシーでも、その前の銀河間空間でも、もっと早く彼女たちを拉致するチャンスがありました。わざわざ、何ヶ月もかけて太陽系まで来て、あのような手の込んだ作戦を展開した理由が分かりません。そもそも、イスカンダル人を拉致するのが何故かが不明です」
 ランハルトは、そこで初めて口を開いた。
「皆さんご存知のように、ガミラス・ガトランティス戦争の決着は、イスカンダル人の祈りによってついた。彼ら残党は、そのことを知っているのだろう。イスカンダル人は、自分たちにとって危険な存在だと考えていてもおかしくはない。我がガミラス本星の情報では、ガトランティスは、残党が少し残っているだけだと考えられていた。しかし、以前ガトランティスの本拠地として使われていた巨大な要塞の行方が分からなくなっていたが、最近、この銀河系に移動したのではないか、という報告があった。ゴルバという機動要塞を量産しているとするならば、以前のような戦力を回復させようとしている可能性がある。以前と同じ様な野望を抱いていて、イスカンダル人がそれには邪魔だと考えているのかも知れない。それでも、彼女たちを殺さずに拉致した、という事実は、我々が、救い出すチャンスがあるということだ」
 ダグラスは、頷いた。
「なるほど。大使、ご意見感謝する。諸君、だいたい状況は分かったと思う。ここからは、地球連邦として、この問題にどう対処するかについて決定したい」
 ライアンは、最初にこの話題について話した。
「今回の問題は、幸いにも、我々地球連邦にとって最小限の被害で収まっています。ガトランティスの目的ははっきりしていませんが、地球に彼らが侵攻して来る可能性は、現時点では低いでしょう。一番の問題は、外交問題です。我々の恩人であるイスカンダル人が太陽系で誘拐されてしまったこと。また、同じく誘拐されたカツラギ市長。彼女たちを救おうと、ガトランティスに潜入したか、もしくは捕まった可能性のある二人の兵士。彼ら全員の奪還は、我々がイスカンダルの恩に報いる為にも必要なことだと考えます。また、彼女たちを我々が見捨てるようなことがあれば、ガミラス政府との同盟関係にも、ひびが入ってしまうでしょう」
 ダグラスは、ライアンの話を聞いて考えた。
「しかし、敵はどこにいるかも、どの程度の戦力かもわからん状態だぞ。我々が出来ることは何だね?」
 山南は、それに回答した。
「今、ガミラスの移民船団に同行していたネレディア・リッケ大佐の護衛艦隊は、逃げたガトランティス艦隊を追跡しています。彼らと連携して、臨機応変に対応する必要があるでしょう。彼らがあまり遠くへ行かないうちに、我々も追跡を行い、人質を奪還するチャンスを探すしかないと思います」
 それまで黙っていた芹沢が、口を開いた。
「極東管区軍務長官の芹沢です。我々防衛軍は、日本艦隊だけでも三百隻、全世界でも合わせて六百隻以上の艦隊を保有しています。この数年間は、防戦しか考えられませんでしたが、今なら太陽系外に、自信を持って艦隊を派遣することが可能です。波動砲艦隊と私は呼んでいますが、その名に恥じない規模になったと思います。もちろん、他の星系との戦争を行う為の部隊ではありません。地球防衛と、このような危機に対応する為に、今まで準備してきたものです。ご命令があれば、いつでも艦隊を派遣可能です」
 誇らしげに語る芹沢を、藤堂と土方は、少し穏やかな気持ちになって聞いていた。
 ダグラスは、そこまで聞いて少し悩んだ様子を見せた。
「十分な規模の艦隊を編成し、ガトランティスを追跡させるべきだというのだね。なるほど。確かに我々は、イスカンダルへの恩を返す為にも、実行に移すべきだろう。それは私も理解した。しかし、懸念事項としては、あのボラー連邦やガルマン帝国との戦争になるような事態だけは避けなければならない。ギャラクシーに現れたガトランティス艦隊は、ボラー連邦の方面に逃げたという情報もある。あの二大星間国家と戦争になるような関わりは、絶対に持つべきではない」
 そこで、ランハルトは立ち上がった。
「地球連邦の皆さん。私は、ガミラス政府を代表して、あなた方に支援を求めたい。私も、本星の協力をなんとしても仰ぎ、イスカンダルの皇女たちを助けるべく、動くように要請するつもりだ。ボラー連邦や、ガルマン帝国と戦うようなことをあなた方に頼むつもりはない。ガトランティスが、そんな所へ逃げ込む前に、早く行動を起こしたい。ガゼル提督を失った私には、どうしてもあなた方の協力が必要だ。どうか、お願い申し上げる」
 ランハルトは、まるで日本人のように頭を下げた。彼の、精一杯の依頼であることは、誰の目にも明らかだった。
 ダグラスは、立ち上がってランハルトのそばに行き、彼に握手を求めた。
「デスラー大使。頭を上げてくれ」
 頭を上げたランハルトは、ダグラスが握手を求めている手を見つめた。そして、ほっとしたように、その手を握った。
「大統領、感謝する」
 ダグラスは、ランハルトにウインクすると、周囲を見渡した。
「地球連邦防衛軍に発令する。これより、イスカンダル人を含む、地球人の奪還作戦を実行してくれ。ヤマナミ准将。君が指揮をとって艦隊を再編成して率いてくれ。頼んだぞ」
 山南も、立ち上がって敬礼した。
「はい。承知しました!」
 
続く…