ガルマン帝国は、西部方面の銀河系中心部付近から、東部方面の銀河系外縁付近、そして、ボラー連邦と接する北部方面というような、広大な宙域を支配していた。それらのちょうど中心部にガルマン帝国本星は存在している。
 銀河系の銀河核には、多くの星々が輝いているが、その中心部には、巨大なブラックホールが存在しており、生命が存在するのには適していない。ガルマン帝国本星のある星系も、そこからはかなり距離がある。
 元々は、遠い昔からその宙域を支配していたのは、ボラー連邦だった。約千年前にガミラスとイスカンダルからの移民団が辿り着き、ボラー連邦の圧政に苦しむ人々を味方につけて、電撃的にガルマン帝国が誕生した。それ以来、長い年月に渡った星間戦争が続き、ガルマン帝国は支配地域を現在の広さにまで拡大していた。ここ数百年は、双方が一進一退を繰り返し、双方の話し合いにより、近年休戦協定が取り決められ、中立地帯が設けられた。以前ヤマトも訪れたアマール星系の中立地帯がそれである。
 
 ガルマン帝国北部方面――。
 
 ガルマン帝国軍は、ボラー連邦軍の艦隊が、国境を侵入しては退避していく、領宙侵犯を繰り返していると報告を受け、大規模な侵攻作戦の疑いがあると判断し、帝国でも最大最強の戦力を誇る北部方面軍を国境付近に展開していた。しかし、ボラー連邦と接する国境となる宙域はあまりに広く、艦隊を分散させて展開させることになった。それでも、ボラー連邦軍が領宙侵犯を繰り返していた宙域を中心に艦隊を集中させるしかなく、ガルマン帝国軍は、神経を尖らせていた。
 
 北部方面軍司令長官のグスタフ中将は、座乗する大型空母バーニアスの作戦指揮所にいた。
 作戦指揮所は、艦内でも非常に大きな空間で、大勢の士官が慌ただしく任務についていた。中央の三次元ディスプレイのあるデスクを中心に、多くのスクリーンや端末に囲まれていた。ここで、北部方面軍の全艦隊の動きと、敵艦隊の動きを確認し、新たな作戦を伝達するのである。
 その指揮所に、一人の小太りの男がやって来た。
「グスタフ司令。お呼びでしょうか」
 グスタフは、その時国境付近で待機している第一艦隊指揮官と亜空間通信でスクリーン越しに会話していた。顔面に幾つもの切り傷がある彼は、長年ガルマン帝国を支え続けてきた歴戦の勇者だった。その功績を認められ、ガルマン帝国総統の信頼も厚い彼は、北部方面軍の司令官に任命されていた。
 彼は、やって来た男に気がつくと、少し振り返った。
「ヘルマイヤー少佐。よく来てくれた。これを見て欲しい。これは、現在国境付近に展開中の我軍が捉えた領宙侵犯した敵艦隊の映像だ」
 スクリーンが切り替わり、遠方から撮影された、敵艦隊と思しき映像が映っている。
 ヘルマイヤーと呼ばれた小太りの男は、映像を凝視した。
「この艦隊は……。ボラー連邦軍では無さそうですが?」
 グスタフは頷いた。
「艦隊のデータベースに問い合わせても、艦種識別が出来ない。新型艦という可能性も否定出来ないが、これまでの艦艇とあまりにも印象が異なっている。科学士官の立場として、これが何なのか確認してもらいたい」
 ヘルマイヤーは、映像を見ていて気になった艦艇を指差して、映像を止めるように言った。
「どうやら、駆逐艦クラスと思われる艦艇が八隻いますね。しかし、もう一つのこの大きいのは……」
「うむ。私も、特にこれが何なのかを気にしている」
 グスタフが指を指した先にあったそれは、逆円錐形をした物体だった。スクリーンには、その物体の大きさなどの情報が表示されている。
「全高が約三キロもありますね。非常に大きなものです。推測で申し訳ありませんが、恐らく、機動要塞のようなものだと思われます」
「機動要塞?」
「はい。この側面に膨らみが多数ついていますが、形状から推察すると、何らかの砲台かも知れません。プロトンミサイル程の直径がありますね。巨大なミサイルが発射される機構かも知れません。この小さく窄まった下部は、恐らくエンジンがあるものと思います」
 グスタフは、科学士官としてのヘルマイヤーの才能を信頼していた。彼がそう言うのであれば、当たっている可能性が高い。
「正体はわからんか? 仮に新型艦でないとすれば、どこの星系の艦隊か、だが」
 ヘルマイヤーは、首を振った。
「残念ながら。未知の艦隊です」
 その時、先程から通信が繋がっていた第一艦隊の指揮官にスクリーンが切り替わった。
「どうやら、お客さんが現れたようです。監視衛星が、ボラー連邦の国境付近に、約五千隻の艦隊を捉えました。……ボラー連邦軍です」
 グスタフは、彼に頷いた。
「遂に、この時が来たか。これで、休戦協定は有名無実化する。君の第一艦隊は、一万隻余りの艦隊だ。国境を越えた瞬間に、遠慮なく攻撃を加えたまえ」
「はっ」
 しかし、グスタフの元には次々に連絡が入っていた。
「司令、第五艦隊から連絡。国境付近にボラー連邦の艦隊が多数現れたそうです」
「第八艦隊からも同様の連絡が入っています!」
「司令、こっちもです!」
 グスタフは、顔色を変えた。
 三次元スクリーンに表示された各艦隊の光点の目前に、ボラー連邦の艦隊を表す光点が多数現れていた。
「こ、これは……!」
 その光点は、国境付近の至る所にボラー連邦の艦隊が現れたことを示している。
 グスタフは、通信士官に呼びかけた。
「本星のキーリング参謀長官に繋げ! 至急、ボラー連邦が全面戦争を仕掛けてきたことを伝えねばならん!」
 
 ガルマン帝国北部方面軍第一艦隊のウォーゲン艦隊司令は、国境を今にも越えようとするボラー連邦の大艦隊を確認していた。
「向こうは、五千隻程度か。我々の第一艦隊一万隻で捻り潰してやろう。全艦戦闘配置! 前衛部隊は、国境を越えた瞬間に攻撃を開始しろ!」
 それからわずか十分程で、ボラー連邦の艦隊は、一斉に国境を越えて、即座に砲撃を開始した。負けじと第一艦隊の前衛部隊が砲撃を開始し、国境付近は、陽電子砲のビームが入り乱れていた。
 一進一退を繰り返す双方の艦隊だったが、第一艦隊の前衛部隊は、予想外の位置からの攻撃を受けていた。
「側面に新手がワープで現れました!」
「何?」
 側面に現れた艦隊は、陽電子砲のビームを速射し、無防備な前衛部隊の側面を削り始めた。
 前衛部隊の指揮官は、急ぎ側面から現れた艦隊に対応しようと動いた。
「側面の敵に対応しろ! 急げ!」
 しかし、前衛部隊が側面の敵への対応で、正面の敵への弾幕が薄くなったところへ、またもワープで新手が現れた。
「正面のボラー連邦艦隊の中央に、艦種識別不明の新たな艦隊が現れました!」
 前衛艦隊のスクリーンに捉えられた映像には、円筒形の巨大な物体が映っていた。その物体は、側面のロケットを噴射すると、まるで起き上がるかのように、垂直に艦首部分を持ち上げると、逆円錐形の姿を現した。
「見ろ!」
「あれはいったい何だ!?」
 その逆円錐形の物体の側面の膨らみの一つが割れて開くと、そこには眩い光が瞬いた。直後、その光は、強力な光の束となって、前衛部隊へと向かっていった。
 大きな光の束は、前衛武隊の中心を真っ直ぐに貫き、射線上にいた艦船を、一撃で消滅させた。
 逆円錐形の物体の側面の膨らみのある部分は、回転すると、すぐに隣の膨らみが開いた。その穴からも、間髪入れずに、次の光の束が発射された。
 その物体は、次々に強力な光の束を連射し始め、前衛部隊は、次々と撃沈するか消滅していった。
「ウォーゲン司令へ連絡! 敵の新兵器だ!」
 その報告も虚しく、あっという間に、前衛艦隊は全滅してしまった。
 
 ウォーゲンは、艦隊旗艦の作戦指揮所で、第一艦隊の前衛部隊が壊滅したとの報告を受けていた。
「あの機動要塞か」
 ウォーゲンは、努めて冷静に対処しようとしていた。
「仕方がない。プロトンミサイルであの機動要塞を撃破しよう。中衛の部隊は、注意を引きつけて、すきを作れ!」
 約四千隻の中衛部隊が前進する中、後衛の部隊に所属している惑星攻撃用プロトンミサイルを積んだ特殊艦艇プロトンミサイル艦が動き出した。
 前方で激しい砲撃戦が続く中、機動要塞が発射する強力なビームは、瞬く間に数十隻の艦隊を薙ぎ払っていた。
「よし、機動要塞の注意が逸れている。プロトンミサイルを発射しろ!」
 後衛のプロトンミサイル艦三隻から、自艦よりも巨大なミサイルが撃ち出された。
 ミサイルは、徐々に速度を上げて大きく弧を描くと、三方から機動要塞へと迫っていった。
 そうしている間にも、中衛部隊は機動要塞の餌食となっていた。百隻近い艦隊が、既に消滅する憂き目に合っていた。
 機動要塞が艦隊の攻撃に集中する中、プロトンミサイルは急接近をしていた。
 それに気づいた機動要塞は、攻撃を中断して、プロトンミサイルへと、側面の砲門を向けた。発射された強力なビームは、プロトンミサイルを一瞬で捉えた。そこには、大きな爆発が起こり、太陽と見紛う程の眩しい光が辺りを照らしていた。
 そこへ、次のプロトンミサイルが、別の方向から接近していた。機動要塞は、次の砲門をそちらへ向けようと、側面のロケットを噴射していたが、速度が遅く砲門を向ける前に、プロトンミサイルが到達していた。
 惑星を破壊可能な強大な破壊力を持ったミサイルは、機動要塞の横っ腹に命中すると、大爆発を起こした。周囲にいたボラー連邦の艦船や艦種識別不能な駆逐艦も巻き込んで、巨大な火の玉が生まれた。
「やったか!?」
 ウォーゲンは、中央の三次元スクリーンから、機動要塞の光点が消えたのを確認した。
「ウォーゲン司令、機動要塞の撃破を確認しました!」
 ウォーゲンは、内心でほっと胸を撫で下ろしたのを部下に気付かれないように気を使っていた。
「よし。これで、ボラー連邦は、我が第一艦隊の敵ではない。奴らは、機動要塞を失って焦っていることだろう。このすきに一気に敵を叩くんだ!」
 この第一艦隊とボラー連邦軍の激しい戦闘は、それから約一時間も続いたが、最終的に壊滅的な被害を受けたボラー連邦軍は、撤退を余儀なくされた。
 
 
 ガルマン帝国――。
 
 ガルマン帝国の首都は、多くのガルマン帝国臣民が居住する巨大な都市だった。その中心部には、政権を担う軍部が支配する総督府があった。そこでは、軍の幹部らが、緊急会議を開いていた。
 総統ボルゾンは、軍の高官が並ぶ円形の会議テーブルに座り、目線を中央に寄せていた。
 会議テーブルの中央には、北部方面軍第一艦隊が撮影した戦闘の映像が映し出されている。映像は、途中で静止し、敵の新兵器、機動要塞が猛威を振るう様子が映っていた。
 テーブルの席の一つにいた北部方面軍司令官のグスタフは、総統ボルゾンの方をちらと見てから、説明をおこなった。
「この機動要塞によって、我が第一艦隊は、三百隻以上の艦艇を沈められました。凄まじい火力を持っております」
 ボルゾンは、黙って頷いている。グスタフは、恐る恐る総統の様子を伺いながら、更に説明を続けた。
「ボラー連邦軍の新兵器とも思われますが、私は、新たな勢力をボラー連邦に取り込んだのではないか、と見ています。この機動要塞を守る駆逐艦クラスの艦艇が目撃されていますが、全体的な見た目や作りが、これまでの艦艇とまるで異なっています」
 テーブルの中央の映像は、機動要塞を守るように取り囲む小型艦艇を映していた。
「第一艦隊は、どうにかボラー連邦の侵攻を止められましたが、残念なことに、別の宙域で戦闘をおこなった第八艦隊は全滅の憂き目に合っています。第八艦隊が守っていた宙域は、第三、第四艦隊が集結して、現在も戦闘は継続中です。国境付近では、いまだに敵の侵攻が続き、一進一退を繰り返しています。味方の各艦隊に大きな被害が出ています」
 グスタフは、総統が一言も発しないので、続けて提案をした。
「ボラー連邦の休戦協定破りは、今、始まったばかりです。可能なら、東部方面軍や西部方面軍から、北部方面軍への艦隊支援を頂けないでしょうか」
 会議場は静まり返っている。
「グスタフ中将」
 そこで初めて、ボルゾン総統が口を開いた。
「君は、そんな報告を、よく私の前で出来たものだね」
 グスタフの顔色は、途端に青くなり、そして色を失った。
 ボルゾン総統は、その太った巨体を微動だにもせず、細い目から覗かす目線だけを動かして、グスタフを見ていた。その氷のような感情のない瞳に、誰もが震え上がるのだ。
「総統」
 ボルゾンの隣に座っていたキーリング参謀長官は、彼を諭すように言った。
「北部方面軍のグスタフは、優秀な指揮官です。彼がここまで言うということを、我々は、深刻に受け止めねばなりません」
 ボルゾンは、キーリングをじっと見つめ、暫く緊迫した時間が流れた。そのキーリングは、涼しい顔でボルゾンから視線を外し、席に置かれた水の入ったグラスを口にしている。
 キーリングは、静かにグラスを置くと、グスタフに質問した。
「その、機動要塞ですが。どこの勢力か、というのは正体は掴めそうですか?」
 グスタフは、参謀長官のキーリングの助け舟に救われたとほっとしていた。
「はい。目下調査中です。いずれ判明するでしょう」
 そこで、突然総統ボルゾンが咳払いをした。会議場に集まった軍の高官たちは、一斉にボルゾンの方に注目した。
「諸君。ボラー連邦の連中に、これ以上の侵攻を許してはならない。ガイデル東部方面軍司令長官、ヒステンバーガー西部方面軍司令長官に告ぐ。北部方面軍のグスタフ司令長官の支援を直ちに行いたまえ。それから、キーリング。君は、中立地帯でボラー連邦との会談を設定したまえ。どういうつもりか、奴らに確認するのだ」
 会議場に集まった者たちは、一斉に立ち上がって右腕を上げた。
「ザーベルク!」
 
続く…