「逃げたぞ!」
「そっちだ!」
 事件を聞きつけた大勢のガミラス兵たちは、その事件の主を、懸命に探していた。
「いたぞ! 見ろ!」
「総統!」
 兵士たちは、彼らに追いついたものの、手出しが出来る状態ではないのを確認すると、口々にその名を呼んだ。
「ええい、どけどけ!」
 兵士たちを押しのけながら現れた中年の男は、兵士たちの先頭に立つと、予期せぬ状況を目撃した。
「で、デスラー総統……!」
 ゲールは、彼の名を呼ぶと、青くなって手に持つ鞭を取り落した。そして、険しい表情で、彼を人質にした男に呼び掛けた。
「ミル! き、貴様……! どうするつもりだ!」
 ミルと呼ばれた男は、中性的な外見で、男かも女かも分からぬような、貧弱な体型だった。そのミルは、デスラー総統の銃を手に持ち、それを彼のこめかみに押し当てていた。
「……ゲールくんの言うとおりだ。こんなことをして、どうするつもりかね?」
 デスラーは、このような状況でも、特に焦る様子もなく、いつも通り冷静だった。
 ミルは、こめかみに押し当てた銃に力を込めた。
「ここを脱出する! ゲール少将、デスラー総統を傷つけられたくなければ、船を用意しろ! 安全なところまで移動できたら、デスラー総統を解放してやる。さぁ、急いだ方がいい。私も、このままでは、間違って引き金を引いてしまうかも知れない」
 ゲールは、今度は、真っ赤な顔で彼を睨みつけた。
「お、おのれ……!」
 デスラーは、そんなゲールに言った。
「……私も、こんなことで死ぬ訳にはいかないからね。ゲールくん、ミルくんの言う通りにしてやりたまえ」
「し、しかし……!」
 デスラーは、目を閉じて微笑んだ。
「君を、信じているよ。必ず助けてくれるとね」
「総統……!」
 ゲールは、その言葉に泣きそうになっていたが、涙を堪えると、周囲のガミラス兵たちに言った。
「……仕方がない。全員、下がれ! 奴に、ガミラス艦を一隻用意してやれ!」
 それを聞いた兵士たちは、その囲みから一歩後ずさった。
 そこは、旧ガミラス銀河方面軍基地を再利用した、地球連邦総監部、宇宙基地ギャラクシーの中だった。基地に配属されたヤマトなどの乗員は、ガミラス・ガトランティス戦争後にガミラスを去ったデスラー総統たちと、この基地を共同利用していたのだ。
 遅れて現れた地球連邦防衛軍の兵士たちは、デスラーを連れて宇宙港へ向かう通路を移動しようとするミルを発見すると、それを取り囲んだ。二人の後をついてきていたゲールは、真っ青になって、彼らに言った。
「テロン人め! 貴様ら、余計な事をするな! 下がるんだ!」
 古代は、困惑したまま、銃をおろした。そして、そこに集まった加藤、篠原、揚羽ら航空隊のメンバーに、後ろに下がるように手で制した。
「皆んな、銃をおろせ! ゲール少将、外に出られたら救出は困難になります!」
 ゲールは、ミルから目をそらさずに、苦渋に満ちた表情で言った。
「貴様らに言われんでも、そんなことは、わかっておるわ!」
 篠原は、古代の背後に隠れて、ひそひそと揚羽に囁いた。
「揚羽ちゃん、防衛大じゃ、銃の腕はオリンピック選手並みだって言ってなかったっけ?」
 揚羽は、青くなって言った。
「こんなの無理ですって。僕じゃ経験不足です……」
 加藤は、篠原を鋭い眼力で睨みつけた。篠原は、これに苦笑いで答えた。
「そ、そんな怖い顔しなくても、いいんじゃない?」
 そんな背後のやり取りを聞いていない古代は、真剣な顔で一歩前に出た。
「近寄るな!」
 ミルは、少し焦った様子で古代に叫んだ。
「古代司令、やめてくれ」
 ゲールも、これには慌てていた。それを無視して、古代は、ミルを真っ直ぐに見据えて話しかけた。
「ミルさん。あなたは、ガトランティス戦争の最中から、デスラー総統たちに、長い間捕虜として囚われていた。しかし、ここに来てからのあなたが真面目に過ごす姿は、基地内でも評判だった。スターシャ女王からも、最近になって釈放したことを聞いて、本当に僕も嬉しかった。ガトランティス人とも、分かり合える時が来たと楽しみにしていたんだ。どうして、急にそんな真似をしなければならなかったのか、教えて欲しい。僕でよければ、何か力になれるかも知れない」
 ミルは、不敵な笑みを浮かべた。
「我々が、分かり合える……?」
 彼は、暗い顔で古代を見つめていた。古代はといえば、当惑して、彼の表情を窺った。
「……確かにその可能性もあった。だが、私には、やらねばならないことが出来た」
「やらなければならないこと?」
「直にわかるさ。無駄口は、もういいだろう! 早く船を用意しろ!」
 しばらくして、宇宙港に用意された一隻のガミラス艦に、ミルとデスラーが消えると、ゲールは、周囲の兵士たちに叫んだ。
「奴を追うぞ! ゲルガメッシュの発進準備をしろ!」
 ゲールとその部下たちは、急ぎ足で別の宇宙港のハッチへと向かった。
 それを見た古代も、廊下の壁に設置された通信機に掛け寄って、司令室に繋いだ。
「こちら、古代。ミルが脱走した。デスラー総統が人質になっている。ヤマトかイセを出せるか!?」
 司令室に勤務していた市川純が応答した。古代の緊迫した声に、彼女は驚いた様子を見せたが、すぐに確認した。
「イセがすぐに発進出来ます!」
「島にこの状況を伝えて、急ぐように言ってくれ!」
「分かりました!」
 
 ミルは、デスラーに銃を突き付けたまま、ガミラス艦の艦橋に上がった。艦橋では、ガミラスの士官たちが、発進準備をおこなっていた。彼らは、デスラーが人質として連れて来られたことに、信じられないといった面持ちで、作業の手を止めた。
「お前たち、手を止めるな! 早く発進させろ!」
 デスラーの背後に回ったミルは、彼の後頭部に銃口を押し当てた。それを見たガミラスの士官たちに、動揺が走った。彼らは、複雑な表情で発進準備を続けた。
 デスラーは、ゆっくりと両手を上げる。
「やれやれ。私は、逃げも隠れもしない。少しは、落ち着いたらどうかね? 誰か、ミルくんに酒でも用意してやってくれないか?」
 ミルは、怒気を含んだ声で言った。
「黙れ、デスラー総統! そうやって、前にも油断して捕まったことを、私は忘れてはいないぞ!」
 
 ミルとデスラーが乗ったガミラス艦は、ゆっくりと宇宙基地ギャラクシーの港を離れた。そして、十分に離れると徐々に速度を上げた。
 そのすぐあとを、ゲールの座乗する戦艦ゲルガメッシュが追う。
「早くせんか! 逃げられてしまうぞ!」
 ゲールは、いらいらと顔を歪ませて艦の乗員を怒鳴りつけた。
 更にその後方からは、二基の波動エンジンを吹かした大型空母イセが、速度を上げて一気にゲルガメッシュに並んだ。
 艦長席の島は、航海長へと指示した。
「ロケットアンカーの射出準備。合図したら、あの艦に撃ち込め!」
 レーダー席の士官が、大きな声で叫んだ。
「レーダーに感! これは……ガトランティス艦隊がワープアウトしました! 駆逐艦六十、巡洋艦二十、空母三、艦種不明の大型艦一……! 艦長、かなりの数です! これ以上の接近は、危険です! ガトランティスの射程圏内に入ってしまいます!」
 島は、スクリーンに映ったガトランティス艦隊に驚いて、慌てて指示を出した。
「航海長、艦を止めてくれ!」
「は、はい、停船します!」
 イセは、逆噴射して緊急停止した。しかし、ゲールの艦は停船せず、まっしぐらに突き進んで行く。
「通信長! ゲール少将に連絡! これ以上の接近は危険だと伝えるんだ!」
「ゲルガメッシュ、応答しません!」
 戦艦ゲルガメッシュは、イセからどんどん遠ざかって行った。
「ゲール少将、間もなくガトランティス艦隊の射程圏内に入ります! イセからも、停船するように連絡が来ています!」
「馬鹿者! ここで追うのを止めたら、デスラー総統が奴らに捕まってしまうんだぞ!」
 ゲルガメッシュは、ガトランティス艦隊に含まれる、巨大な円錐を逆さまにした物体をスクリーンに捉えていた。上部が大きく膨らんだその物体の側面が大きく開くと、ガミラス艦は牽引ビームに捉えられ、その中へと引き込まれていった。
「い、いかん! あのでかいのに攻撃を加えろ!」
「ゲール少将、無茶です!」
「ええい! 無茶でもやるのだ!」
 そんなやり取りをしている間に、ガトランティス艦隊は反転し、ゲルガメッシュとは逆方向に進み始めた。そして、速度を上げると次々にワープして消えて行った。
 ゲールは、真っ青な表情になると、そのままへなへなと床に両膝をついた。
「そ、そんな……。デスラー総統……」
 少しの間放心していた彼は、表情を引き締めて立ち上がった。
「ガトランティス艦隊を追跡する! 急いで艦隊を編成させろ!」
 その時、ゲールの脳裏には、先程のデスラーの言葉が浮かんでいた。
 君を信じているよ……。
 ゲールは、歯を食いしばって周囲に命じた。
「デスラー総統の救出作戦を実行するぞ!」
 
続く…